いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

同性婚に関する意見

性同一性障害とかLGBTQ?全くこのような呼び方が正しいのか考えることもないくらい、私は性別の考え方に興味がない。今は間違いなく興味がない。しかし同性婚に関する考えはある。私は家族とかいう前にパートナーは自分で選べる、互いに選び合えるべきであるという考え方の持ち主だ。私自身夫と一緒に暮らすことができるようになったので、人生がとても良くなった。それまでのことはほぼ思い出せないくらいだ。生命に意味が与えられたくらいの大切さがある。花を花と認識できるようになったくらいのことがある。どんな権利であっても、他人に直接的に危害を与えるのでなければ、その人間の性的嗜好によって制限されるべきではない。そのような制限には全く意味がない。正当性もない。自分が違和感を感じたり、不愉快に感じることを理由に制限することはできないし、もしかしたら同性婚をできるようになったら、少子化が進むかもしれないというような「間接的な」危害の可能性を理由に制限することがあってはならない。

なぜ自分が享受できる権利を他人は享受できない方が良いというようなことが言えると考えるのか。理由のない制限は人権侵害である。と考えています。もう助け合って地上に残された喜びをお互い享受できるようにしていこうと言う気持ち。