いのちばっかりさ

その金字塔/ 毎月の出費(学費除く)を16万円にできるかチャレンジ中。放送大学情報コース2021.4~。毎週図書館で本を借りています。

スマホ

スマホにはスタディサプリとクレアールと放送大学にすぐアクセスできるようにショートカットを作っていて、通信は10ギガ契約しております。その中から何かを選んで聞いている。

夏休みを上司に相談したところまさかの僕が休み取りたいから無理ということでまじか?と思った。私もリフレッシュしたいと思う。

 

最近旦那が漢方薬を夫婦で飲み始めて私はそんなに変わらない気がするけれども旦那はかなり体調が良くなって遠くまで出かけるようになった。嬉しい。このように電車に乗ってどこか行けるなら、お金をもっと稼ぎたい。

 

どうせ何も持たない若者ですし

東京にいたらもうコロナに罹ると思うのだが、現になんか今も変な汗をかいていて、これが暑さによるものなのか、会社での仕事に対するストレスによるものなのか、コロナ感染によるものなのか分からないからとても不安な気持ちだ。

会社のPCのバッテリーが膨張してきていて、交換を頼むのは2回目なのだが、バッテリーがデルからすぐに送られてこないらしく?順番待ちになっている。これが暑い部屋で使用しなければいけない時膨張どころか爆発するのではないかとすごく冷や冷やしている。仕事の内容以上にこれが怖い。いくら労災にしてやると意気込んだところでこの暑い中で火傷を負って包帯まみれになるのも最悪だ。こんな時に病院に行きたくないし。

こんな気持ち書いても人を気分悪くさせるだろうけれど、こんな気持ちになる、各方面から不安にまみれている気持ちも、今年でなければ二度と感じないだろうというか感じたくないそうであってほしい。だから記念としてここに書く。

私は飲食業に勤めているが、明らかに、今回は飲食業なんか営業しない方が良い。会社は潰れるだろうけれど、それでみんなが家の中にいてくれるのであればその方が良い。不可逆的に生命や身体機能が損なわれるかもしれない状態で、観光をやれとか、外ではマスクを外して良い場合もあるとか話しているのはおかしい話だ。

こうした環境に適応できない企業は潰れてしまって良い。それは必要ならまた集結され、再起されるだろうし、必要ない未来になれば違う業態になるだろう。こういうときに、既存の業態を維持したいがために、無理をして従業員や社会全体を危険なところに持っていって、消耗し尽くすのはだめだ。タフに自分自身を殺して、次に備えるような会社であれと思う。むちゃくちゃ言っているようだけれど、できないことを続けることで誰も幸せにならないと思う。人間に無理をさせると体を壊したり、死んだりするので、よくない。

雇用を維持するというのは体面ばかりで、本当は自分が手に入れた稼げるビジネスモデルを手放したくない。なのにデリバリー事業や弁当販売に転換する勇気と気力はない。そんな会社は潰れて仕舞えば良い。そんな会社がいつまでも人員を牛耳って、従業員を消耗させていること自体がこの世界の害悪だと思う。

自分としては会社がいつ潰れても良いように勉強をしようということしかできない。生まれてからずっと不景気だから、仕事なんかずっとあるわけじゃないとは初めから思っている。そりゃ雇われなければ辛いけれど。

 

切り捨てた人に対してちゃんと保証するのなら切り捨てることができるのも良い政治の条件だと思う。

川面

今日は川面がいつもより近い

昨日雨が降ったからだ

この地域ではよく人が入院する

このことをここで話すとき

近くに誰かの呼吸が聞こえるようだ

 

朝は呼吸の調子を確認する

水を飲み喉の調子を確認する

何も良いことも悪いことも起きないことは

非常に良いことなのだ

私以外の人間は特に必要としない

 

テレビをつけるとゴルフをする笑顔

私は本に目を戻すがなにも読めない

扇風機が平温の風を運び

上空を飛行機が運ぶ

鼓動は遅く運び水の国は光る

 

私は南瓜粥を作り

実のならないオクラを育てる

何ももう説明されたくない何も数字を

理解できないままでは

私は地図をつまみ数学をやり直している 

祈りとして大雨が飲み込む中を

昨日200人国内でコロナによって人が死ぬ


【国内感染】新型コロナ214人死亡 23万3769人感染(5日22:00) | NHK | 新型コロナ 国内感染者数

東京、人員不足で医療負荷が増大 都民50人に1人が療養(共同通信) - Yahoo!ニュース

 

8月5日は死者214人というが、214人も死んだということじゃないかと思う。とてもひどい。東京都は50人にひとりが療養中ということを言うが、これは50人にひとりがコロナに感染して自由に動けないと言うことではないか!ひどいことだと思う。経済を回すと言うけれど、感染していない人だけで無理やり現場を回している状況だ。こんなことあり得るのだろうか?無為無策どころか有害なことばかりやっているのではないか?医療が逼迫することで助かるはずの治療ができなくなる人やその大切な人のことを思うととても悲しい。どんなに医療が高度であっても受けられなくては効果を得られない。

 

オリンピックをやったときはひどいことになるんじゃないかと思ったけれど、今回は本当にひどいことになっている。

 

経済を回すと言っても本当に回りながら自壊している。


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すごい暑さ

すごい暑さで、外出しないほうが良いという。墓参りで熱中症になったあの日はすごい暑さの始まりの日だったのだとわかる。

すごく素敵な単行本サイズのブックカバーがほしい。なかなか単行本サイズの素敵なのは売っていない。

 

作りたいけれど布を探しに行くにも暑すぎる。

墓参り

祖父母の墓ができたというので旦那が言い出して(本来私が言い出すべきかとも思うが)墓参りに行った。旦那は前日から線香と虫除けスプレーと、チャッカマンを購入したのだ。何というできた人だろうと思った。しかもそれが自分の親戚の墓ではなくて私の親戚の墓なのだ。

 

墓に行くまで朝とはいえ灼熱の中を通っていった。信じられないほどの暑さだ。

 

墓につくと墓の中でまた自分の親戚の墓を探すのが大変だった。でも実物の墓というのは良いものだ。

父はビルの中の墓に入って、行くとつらい気持ちなので行っていない。(またもう自分は姓がちがうので、墓参りと言って入れるのかもわからない。一度行ってみようか。)

 

私は花束だけを800円で購入した。ガーベラとひまわりの入った花束である。こんな高いのでなくて三本も花があれば良いのにと話していると旦那に、こういうのは花束でやるものだと言われた。景気の良い人は束を二つ買っていったりするのだと言われた。墓につくとそこらの除草剤で枯れた草を取ってくれ、お墓に水をかけた。旦那は私に燃すべき線香の数を教示してくれ、お祈りをした。これは私の旦那ですと紹介して、きっと幸せにする旨をお話した。きっと幸せにするぞ。

 

午前中に終えたとはいえ完全に熱中症で帰宅した。そして寝ておきたのである。熱中症はなってから冷やしたのではなかなか予後が悪くて、なりそうなときに早めに凍らせたペットボトルでも買って冷やすのが良さそう。要事を先に済ませてなどと言っているとたちまち熱中症になる。こんな朝から墓場に行って百日紅なんか見ているのは私達だけだった。

 

 

 

 

この本読んでいたら坊さんが上げるお経にも色々あることが書いてあって、武田泰淳の葬式のお経を深沢七郎が褒めているのを武田百合子が嬉しがっていたのが面白かった。私もこないだのは良いお経だったとか言えるように自分でもお経を言えるようになりたい。日蓮宗は木魚をやらないことを初めて知った。

仕事の内容は変わらないで給料だけ変わってほしいのは無理そう 逃げ足のこと

給料上がらないわけだけれど、物価が上がったからと言って同じ仕事してるのに給料をあげられるのかというとそれは無理という話もそれなりに理解できる。物価が下がったら下げていいのかといえばそういうわけでもない気がする。

実際には殆どのものを国内で自給できていないので、ドル円相場に基づいて給与が支給されたほうが良いのではないかと思うけれど、どうだろうか?つまり給料ドル建て支給ということ。そうなると日本円というのはなんのためにあるのですかね?国の中で使えるクーポンみたいなものかな、となってきて、それならもう通貨はドルでよいだろうというふうになってしまうのだろうか。通過というのはなんで世界でこんなふうに分かれているのだろうか。全部同じ通貨でやったら良いと思う。なにかそのへんの意味がわかる読み物等あればおすすめいただけますとありがたいです。

 

個人的に給与について、物価の変動に関していちいち動揺するのはアホくさいなと思い、そもそも自活というのはサラリーで生きていくことではない、と思うようになった。用意されたオフィスで働くのではなく、自分の体を動かせば賄える仕事で生活費を賄わなければと思うた。お金が足りないときには余分に働いて、どんな作業であっても、倫理的に間違っていないことであれば、それを自分の仕事にしていくような労働も必要だと思った。

 

お金は全く貯まらなくても、毎日生きるために使うお金をちゃんと稼いでいき、自分の生活のために使う。それ以上に稼げなくても不満を持ちすぎないのも良いのではないか。目的があって稼いだお金を、目的のために実際使えたということは喜ばしいことで、目的のない貯金をしなくてよかったというのもまたそれはそれで良いのではないか。目的以上にお金を貯めることが良いこととは限らない。

 

私の会社は飲食業だけれど、今色々な店舗で濃厚接触者とか、感染者が出ていて、そのせいで店舗運営が非常にキツくなっている。というのは感染していない人が死ぬほど長時間働いていて、もう感染した方が楽なんじゃないかというくらいに酷使されている。これではもう無理じゃないかなあ。こうした人たちが、倒れそうになって働いているおかげで、なんとか店舗運営を続けて行って、今休んでいる人たちが戻って来ればまた人数が戻るからといって、新規採用することもできず、そういうのが政府が言う経済を回すということなんだろうか?経済を回そうとした結果、回りながら自壊していく機械のように見える。これほどまでに人を酷使して、一体どうなるのだろう。これなら休職した方がいいと思う人が大半で、実際にむしろ休職して会社がダメになってしまって欲しいという気持ちがある。

 

人がいなくてインボイス制度対応もちゃんとできていないで、どうなっていくのだろう。本当に回転しながら自壊していくように見える。こういう状態では上司の給料も上がらなくなっているのだろうし、今までジョブホッパーを雇用して、能力のある人を能力の発揮できる間だけ活用する方針を取ってきた会社だから、能力を発揮できないほど乱れた環境では誰もが逃げていく。これがプロパーをちゃんと技術と知性に裏打ちされた人材に育てられなかった会社が危機のときに直面する危うさだよなと思いました。結局ジョブホッパージョブホッパーの働きしかしないと思って、ジョブホッパーしか有資格者がいなかったり、知識のある人がいなかったりするようでは、ダメだと思う。

 

自分もあまりにも何の対応もされていない現職が怖くて、転職活動をしたりしているけれど、果たしてそれで良いのだろうか?社会的に決して無駄な仕事ではない現職を、あまりに現場に対して搾取的であるからとか、現場で過重労働があって心が苦しいとかいうことで、投げ捨てて逃げ出してそれでいいんだろうかと思う。

 

経済か感染拡大阻止かという二項対立として、議論され、経済を何とか回す方に舵を切ったこの国が、結果として感染拡大で自壊していくとき、自分は仕事を通して何をするのだろうか。そして家族を守るため、自分の健康を守るために何を選ぶべきなのか、全て失政のなすところとは言え、自分にも責任はあると思っている。

 

ある視点から見れば、私は前職も工場で働く人に対して以上に搾取的で、人権が侵害されており、そんな会社で働きたくないと思ってやめた(逃げた)部分があると思う。それならばしかし、いつになればそういった問題に自分で対処できるようになるのか?逃げていくだけではいつまでも、何かのバランスが崩れた際にこの問題に面する。転職して、そのような問題のない会社に行って働くことになったとして、それが解決なのか?いつまでも胸の片隅に病巣を抱えたまま生きていくことになる。自分がこのような問題に仕事を通して何をしていくのかという問題は、自分の生き方に関わることだ。それは団結するとか主張するとかの考えではなく、何を仕事に込めるかということだ。

 

転職するには、自分の収入を増やしたいという考えもある。しかし収入を増やして何をするのかといえば、もう少し良い食事をするとか、実家に仕送りとか、キリがない。働く目的を増やしていくことは、反面問題から逃げるための言い訳にもなる。他人より前に自分の生活を優先と言うのは簡単だが、その自分の生活というのは歳を重ねるにつれ、同年代と比べてとか、自分の親の分もとか、子供の分もとか、キリがなく拡大していく。別に自分以外の生活について考慮する必要はないのだ。それらの人の生活は国の制度で賄われる。国の制度を利用しないで、自分たちでそれを何とかしなければいけないと思わせることは全て国の策略だと思う。いろんな人のことを自分で養わなければならないと考える。それだから本気で戦って勝つということができない。自分の生活など、東京都の最低賃金で体を壊さない程度に働いた結果稼げる分で賄える二人分の生活で十分ではないか?けど戦うとして、何を戦うのだろう。誰も私に戦えとは頼んでいない。だけど、逃げるのは違うじゃないかと思う。戦う体力がないわけではない。戦う体力がないといって去っていった上司より体力がないとは思わない。

 

ただ考え方を変えれば、こうした環境からは全員が逃げればそれが一番いいと思う。みんながいなくなれば、このような会社は自然に滅びて継続できなくなる。それが一番いいのだ。問題は搾取されている人の半分くらいにはこうした自然の逃げ足が備わっていないということなのだと思う。そして自分がここで「根性」みたいなものを見せることによってかえって後世のためによくない影響を及ぼす可能性もあるのだと思う。

 

私は人生によって報われたのだから、人のために生きることはよいのだが、それならくだらない事業の汚れに染められていくわけにはいかないと思う。全く新規の事業でなければと思うけれど、大抵の人は既存の事業に勤めているのだから、既存の事業でちゃんとしたことをできるようにしなければ、誰かのためになる影響力はとても少ないと思う。

 

前職の場合は社長が人権的によくない部分をしっかりわかっていて、それを放置しているのだと思われる部分が多かったけれど、今回の会社では社長は会社のことなんて何もわかっていないだろうし、各部長がちゃんとやっているだろうと信用している結果、各部長はジョブホッパーに過ぎないので、全てが自然に壊れており、社長は別にそんなことするつもりはなくてこういうふうに自壊してきているということがよくわかる。いろんな会社があるものだ。

 

スタディサプリ素晴らしい

数学嫌いな私が数学を毎日勉強してしまう。会計の勉強に数学が必要か否かと言う話をしている人がいて、必要だと話してたけど私もそう思う。

だから数学の勉強も行いたい。数学ができるようになれば人生が2倍の広がりを持つと思っている。大人だけど。

全く初めて見るような気持ちで講義を見ているけど、たぶん昔理解していたとしても十数年も前だから忘れてると思う。ましてや何も理解してなかったので、初めて会いましたねみたいな気持ち。

 

 

早く知りたかった?

同窓生に会ったら、どうせ社会不適合者なら早く知りたかったみたいなことを言っていた。まっすぐに生きてそれがそのまま世間に受け入れられるような稀有な人以外、みんなそんなふうに不適合だろうと思う。もちろん私も。

 

どうせ適合できないけども、この世界は面白いや。そのことは昔から知っていたような気がする。