いのちばっかりさ

生きている記録。生業。通信制大学。天平の甍、生の短さについて、狼煙

不自由な海上の生活

甲高い声が両耳に鳴り響いている

悪阻のような船酔い

後頭部を包み込む生暖かい風

遠くの国で大流行中の疫病の話

ラジオで少しわかる国の言葉で聞いた

 

馴染めずに海に出てきたけれど

なにか失われてしまった

家への道順の記憶が

前の前の前の家のものと混ざっている

白く朝は寒々しいポールに

座って尻が冷たかった冬

 

そのポールは前の前の前の家の

横の公園の入り口のもの

家に帰れない

誰もいないこの家は誰もいない

誰かが暮らす家

それでも決心して家を出てきた

 

不自由な海上の生活

永久に続く道であれ

道を渡って線路に飛び込むよりはマシ

右目の上がひきつれても検査もしなかった

違和感が全身に発疹してた夏

木の匂いの中におじいさんが歩いてる

 

不自然な会社員としての生活

気まぐれに遠洋に釣れられてきたけれど

なにか失われてしまった

なにか失われてしまった

どうせろくなもんじゃない人間

見ればわかるよと引っ張られてきたのさ

 

失われてしまった

失われてしまった

失われてしまった

銭湯へ歩いて凍えて出てきたとき

川からの誘いに噛み殺されてしまった

なにか失われてしまった

なにか失われてしまった

なにか

なにか失われてしまったうん

 

感情もすべての人から失われて

組木細工のようにぴったりとあわさりますように

川の影を緑にしているその

有名な草木のように

永遠に失われてしまいますように

何かひとつでも

永遠に物事が失われてしまいますように