いのちばっかりさ

その金字塔/ 心で価値を生みだすこと(銭湯をやる。住宅をやる。)28歳。放送大学情報コース2021.4~。 東京にて主夫と暮らしている。

久しぶりにPC開いて書いている

今週のお題「眠れないときにすること」

眠れないときにすること、というお題ですが、最近眠れないと思うことがほとんどなく、疲れていて、寝過ぎてしまうことの方が多い。

いや、なんか今よく考えてみたら眠れないことも結構あるのかもしれないのだが、最近在宅勤務が割と使えているので、2時間くらい眠れなかったとしても、1時間半長く寝て、その後勤務すればいいやてきな考えがあったりするんで、そんなに深刻に記憶していない。

眠れないときは大体眠ろうとしていて、本とかも読まないようにしている。でもお茶は結構飲んでいて、だから眠れないという噂もあるのだが、お茶は飲まないとなんとなく生きた心地がしないので、飲んでいる。

 

眠れないときは、最近悩んでいることとかを考え直している気もする。最近悩んでいることはこんな感じ。

 

 

・これから仕事どうしていくかの問題

・次どこ行って暮らすかの問題

・子供つくるかの問題

・左手が痛いけどなんの病院に行くのか問題

・家の本が増えてきたけどどんな基準で捨てるかの問題

・家の服が増えてきたけどどんな基準で捨てるかの問題

 

はてなで働いている人のブログを読んでいたら、今の考えていることを書いていていいなと思ったので、上のようなことについて考えていることを今度書いてみたい。

 

blog.sushi.money

 

 

 

関係ないことですが、長くブログを書いていると転職した時の気持ちなど読み返したら面白い。

giveus.hateblo.jp

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上の記事ではめちゃくちゃ働く気でいたのだが、実際に深夜まで働く仕事が始まると全てが辛くなってきて、それでも頑張って働いていたのはかなり努力していたと思う。しかし終電に間に合わない生活が続けば体を悪くするだろうということが実感としてわかってきたので、多分半年くらいやったところで労働時間を抑えるようにした。今でもこれをやったことは後悔していて、今まで虫歯なんかなかったのに、虫歯がたくさん発生し、歯を抜くことになった。激務、本当に良くない。

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この上の記事のとき、田舎に勤めていたの、かなり他の地域で働けない人材になってしまうことを危惧していた。だから東京に行かなければと思ったし、実際に東京に来た。今では東京にいようが、東京にいまいが、集団で仕事することに適性がないならば自分のスキルを身につけて、スキル周りから広がるコミュニケーションで人と触れ合うしかない。そしてなんとかお金を稼いでいくしかないと思っている。だから頑張って勉強をするし、身を滅ぼさないレベルで誠実でいたい。

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このときは前職の同期がセクハラで心を病んで辞めた後、揉み消しがあったので嫌になっていた。流石に上司に殺された場合には揉み消せないと思うぞと当時の私には伝えたい。

giveus.hateblo.jp

上の記事とか結構狂ってるなと思うし、

今から思うとばかだなあと思うこともあるけれど、確かに家族がいるのは素晴らしいし、労災の少ない職場で働きたいという気持ちは正しかったと思う。さらに今考えてみると田舎で私は結構頑張って勉強もしていたし、貯金もしていたし、しっかりやってたよと思う。田舎もそんなに悪くないけど、悪かったことは確かに悪かった。でもそれは田舎による悪さではなくて、大部分が働くことに伴う悪さだった。さらにいうならば、利益を追求する企業から賃金をもらおうとして働くことによって、人は蔑ろにされていたし、給料は暮らしていけるのと突発的な事象に対応できるだけしかもらえない。そのことには地域関係なかったよねという話だと思う。

 

引っ越してきた頃自分は一生懸命だったし、その時があったからなんとか今も東京でシングルインカムで暮らしてこられているけど、途中で体調悪くなって頑張れなくなっていた世界線もあったと思うと、偶然ここにいるんだという気持ちがしている。いろんなものに偶然出会っても守られて今ここで暮らしていることに感謝してしまう。東京に来て体をかなり消耗したことは間違いない。多分このままあと二年やると早死にするようになるだろう。

 

東京に来たときは人に認められることで給料を上げて、この世界でやっていくぜ!という感じだったが、今はいくら給料が低くても地域に相応しい給料であれば暮らしていけないということはないし、給与体系というのはそういう生かさず殺さずという水準に設定されているのだと思うことができている。

 

また自分のように何をやっても人とは違う方向に厳しくやってしまい、そんなことは気にしないでとにかく進めてほしいという周囲の要望に応えることもできず、さばく速度と長時間にわたる労働を求められてもできない人間では到底都会で高給をかせぐ事などできないだろうし、それを目指す過程で体がおかしくなってしまう。もっとも適切な職場でふさわしいポストにつけばなんとかなることもあるのだろうが、それを探すことはすごく難しいし方法もわからない。

 

でも結局のところ自分でもわかっているのだが、自分の人生の目的にはかなり関係のないことを仕事でやっている(しかも毎日毎時毎分会社の方針は私のモットーから乖離していっている)ので、仕事の中で判断基準が「債務に関する考え方からみると・・・」とか「契約書や覚書にある通りにやることが必要だから・・・」とかになっていて、それ自体正しいのだが、一緒に仕事をする周囲の人の考えからかけ離れてしまっている。でも自分には顧客の姿も見えないし、一応自分の仕事がグチャッているのを契約書通りのサービスに直すくらいにしかできない。

 

そういう正しさと、仕事の効率、さらに言えば客に対する柔軟性とかも一緒に担保されるのが成熟した企業だと思うけれど、私にはそれを進めていくだけの体の丈夫さ(直接的にいうならば長時間労働に耐える身体)がないので、かなり行き詰まり感を感じている。

 

そのために昨日のように、

会社なんとかしなければならない、頑張らなければ無責任、みたいな考えと、やってられないから転職をしようみたいな考えの間を彷徨っている。別に今のままゆるく労働時間も減らして仕事していくことは可能なのだが、このまま整備できていない環境を変える気力もなくやっていたら事故が起きるだろうと思う。そのときは一緒に働くみんなきつい目にあうと思う。なので頑張るなら頑張らないといけない。

 

人生百年続くかもしれないと思うと、体をおかしくするのだけはやめたい。多分死ぬまで働くことはすると思うので、ここで体を損なうわけにはいかぬ。それだけは自分の大前提としてあるから、最終的にはそれをベースに判断すると思う。