いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

「空の袋は真直には立ちにくい」ように、人は貧乏な場合の方がいつも真正直に暮らすことは容易でない

 

フランクリン自伝を読むのは2年ぶりくらいだ。どうしたんだそんな自己啓発じみたものを読んでいる……。と思うものの、なかなか面白いから読んでしまう。土曜社版を読んだときより岩波のほうが面白く感じる。

 

この中に「空の袋は真直には立ちにくい」と言う文言がある。お金があれば真正直に生きるのがより容易であるということ。たしかにそうだと思う。

 

子供を持ったときに、もしお金がないよりお金がある方がちゃんとした話をちゃんとできるだろうと思う。会社にではなく自分の腕にお金がついてくるなら、子供がどこか勉強をする場所を移したいとか生活する場所を変えたいというようなとき、また療養しなければならないときなどに、すぐに会社をやめて違う地域でも働けることだろう。

 

そのためにまずお金を必要なだけはずっとかせげるようにしなければと思う。今は経理の仕事をしているから、ここから広げてお金を稼げる資格を取るのは大事だと思うようになってきた。私は読字に障害があり、横書き漢字を読むのは非常に困難で、そのために法学部はやっとこさ逃げ卒業したような感じだ。それを思えば、向いていないことは確かだけど、会計を勉強するのはそんなに悪手とは思えない。まず本気で取り組み、何かを得なければならないと思った。

 

専門家になって分野を狭めるためにではなく、自由を担保するために会計の勉強を…

 

そのあとで、やりたいなら他のことをするようにしたいと思う。いつ死ぬかわからないから早くやりたいのとをやるべきなのも事実だが、いまのままだと、家族が一人失業しただけで仕送りもできないという様子であり、これではいけない。来たるべき、必ず来ると決まっている「高齢の家族が働けなくなる」という事態に備えるのは肝心なことであり、当然のことだと思った。

 

まず土台を固めなければと思う気持ちが強まってきた。

 

フランクリン自伝はまた女性に会計の勉強をすることを大いに勧めている本でもある。

 

子供に種痘をせずに死なせてしまったことにも言及していて、ワクチン接種に悩む人の多いときに読むと割と面白いところもあるような本です。