いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

免許証と借用書

金を貸すときは借用書を書いてもらおう。保証人をつけよう。金を返したら借用書を返してもらおう。返してもら得なければ領収書をもらう。その際借金の返済文であることを明記してもらおう。ということを皆さんにシェアしたい。

 

関係ないのだが、うかうかしているうちに運転免許の期限が切れてしまった。鮫洲試験場まで行かねばならない。今日は住民票を、とってきた。
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ちょっと事情があって、旧姓併記の住民票もとろうと思ったのだが、一回戸籍謄本を発行して住民票を書き換えないと出せないということで、しかも平日しかできないらしくてええ、そんなの無理ーとなった。

 

免許証の登録情報の更新は前もってやっておこう。

お寿司食べに行く

数日前から頭痛と首と頭が重い状態で、何もやる気が起きない。これ鬱?と思うが熱の出ないコロナかもしれないけど、そんな理由で会社を休むわけには行かないかなぁと思った。なんかめちゃくちゃ汗をかいたり、かといえば冷たい水を浴びても大して苦痛を感じないなど、問題大有りだ。風呂に入ればいつも不調が治るのに、今回は全然なおる気配がない。

 

 

 

生魚最近食べてないからそれ系の栄養素の不足かと思い、旦那と二人で寿司を食べに行くことにした。ランチが安めであると、うわさのお店へ行き、ランチ一人前(1.5人前もある)と、マグロ赤身の握り一人前を頼んだ。


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サラダを食べて待つ。冷たいお茶をもらったが私は熱いお茶のほうが良かったなー。とか贅沢を言いながら。


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お寿司を食べて満足した。というか休みの日に食べるお寿司って美味しいね…!


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旦那が18切符の季節になったら一緒に電車で何処かに行こうねと提案してくれた。とても嬉しいし、絶対にやる。次の18切符の季節は冬だ。12月だ。12月になれば雪が降る。素晴らしい旅ができるぞ。

 

こういう風にぷらっと寿司を食べに行ったり、帰りにお惣菜を買って帰れるのも最近に始まったことで、それというのも以前は旦那は長距離を歩くと足がすごく痛くなってしまい、翌日寝込むなどのことがあったのだが、なんと靴を買い換えたところ、足が痛くならなくなったので、散歩などが一緒にできるようになったのだ。この靴は新宿の駅に入っているアシックスのお店で買ったのだ。私は以前よりアシックスのペダラというシリーズを愛用しており、旦那にもそれをどうかと思ったのだが、それはあいにく合うものがなくて、近いものを購入した。そしたらこれがとても良かった。1万円近くするのだが、これで散歩が可能になったので、かなり安い買い物だし、アシックスに対しては信頼の念を強めた。

 

このアシックスのお店では足を計測してくれるのだが、私の旦那の足はかなり特殊な形なので、当然既製品でぴったりした製品はない。けれども、今のよりはマシである靴を購入することができて、その効果はかなり素晴らしい。足が痛くなってしまう人はぜひ行ってみて計測してもらい靴を試していただきたいものです。

www.asics.com

 

このような製品や薬を色々と吟味して、より過ごしやすい状態に持っていくことも東京に住んでみることの一つの理由なので、東京の良いところを活用して有意義な東京在住3年間にしたい。とはいえもう1年経ってしまったわけですが。

 

7年後の理想の生活像に対して、自分が今がいますべきこと確認したい。

 

てな訳で一応決算の前に予習をするよ。これを買いました。

 

書いてマスター! 財務3表・実戦ドリル

書いてマスター! 財務3表・実戦ドリル

  • 作者:國貞 克則
  • 発売日: 2010/12/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

枕に線を書いてしまった

職場でテプラというものを久しぶりに使ったのだが、これは実に便利である。たくさん紙が地方から送られてくるので、それを偉い人に分別して渡して押印してもらわなければいけないのだが、それのためにいちいち、「押印したら寿司までお戻しください」と書くのは面倒すぎるので、派遣さんに教えてもらってテプラでそのシールを作った。

 

いろんな柄がある。思い通りのデザインを出すのはなかなか難しくて、でもうまくできたら褒めてくれるので、嬉しかった。なんでこの人はこんなに私によくしてくれるのか。

 

このような作業の合間に、入社してからこれまでの成果について発表するみたいな会があって、「キャリアのスピード的には、どうですか、遅すぎではないのか」みたいな感じの話をされたが、この作業を思えばこの人は何を言っているんだと思って、かなり楽しかった。これが今は私にとって本業ということになるのだが、これならわざわざ1時間もかけて通わなくても、家の近くで、リフォームの会社のバイトと掛け持ちで、どこかの会社で事務でもやればええやんと思った。だからまあ仕事やめるかなという気持ちが強くなった。なんにしろ自分はリフォームの仕事を身に付けたいという気持ちが最近強くなっていて、でもここで働いている非正規の人はとてもいい人ばかりなので、なんとなく悲しい。正社員の人はみんな頭がおかしい。

 

寝ているときに宅建の本を読んでいたら、一緒に持っていたボールペンで枕に線を書いてしまったみたいだ。首が痛くて体がだるい。

もうね

もういいんだよ東京なんか

生きていけなくても田園に帰ろう

田畑を耕そう

貧しい年でも苦しむことなく

たとえ苦しんでも苦しくはなく

育てよう

果物を野菜を

二人で放り出して二度と帰らない道を行こう

不正のないところへ行こう

大地がまるで生活のためにつくられた

あの場所まで行こう

土地を買おう

東京で働いたお金で

そんなに黒い虫が怖いなら

東京にはもう住めない

それでもいいから一緒にいよう

もちろんのことだ

病んだりもしたけど私は元気です

やんできたので有給を取得した。早めに有給を取るに越したことはない。

 

宅建の勉強もできてとてもよかった。

多分季節の変わり目だからだけど、すごくやんでいて、旦那にも毎日一緒に散歩をしてもらうなどしてなんとか仕事行っていた。

 

寿司がんばる。

自分は何にストレスを感じているか

最近チームで一番偉い上司(大ボスと呼ぶ)に、課題を与えられていて、それに取り組むことは簡単でたぶん達成できそうだと思っているのですが、そのことを自分の直属の上司に、このように行いたいと相談すると、それではだめで、これだけではだめで、もっと厳格な基準を設けて、できなかった人にはどのような対処をするかも考えて実行しないとどうせだれもちゃんとやらないよ、などと言われ、どうも直属の上司の利害には私が大ボスの課題を実行することがよくない影響を及ぼすということなのではないかというくらい、とにかく否定してこられる。その様子がちょっと尋常じゃなく、やめたほうがいいのかなあと思っている。私は別に大ボスによく評価されてもなんとも思わない。仕事も何年かすれば変更するだろうし、何なら大ボスも数年で辞めるだろう。でも直属の上司はなんかかわいそうだなと思うところがあり、また割と私怨の激しいタイプなので、怒りを買うのは嫌だなと思っている。やめてほしいというならやめてあげようと思っている。またどちらにしても、私は部署に入って数か月の身分で、もしこの日までにこれができなければ、あなたは責任を取らねばならないし、このようにしなければならない、というようなことを部内の人に言い渡せる身分でもないと思っている。そんなのおかしい。役職もないし。私は絶対に偉そうにはしたくないのだ。

 

大ボスになんと説明していいかわからない。大ボスにうまく説明できないまま課題が流れてしまうのは人間対人間のこととして申し訳ないと思っている。やりづらいよ。とにかくみんな一つの方向を向いている組織というのはないのかなあ。

 

会社では転職してきた人が定着しないという問題があって、私も転職してきた人なのだが、中立的な立場の人、職種的な常識を兼ね備えている人からやめていくイメージなので、初心者として普通のリテラシーを身に着けたいと思っている若者としてはやはりこまっている。またこのようなことを職場で相談できるような人もいないので、愚痴どまりのことしか言えず、だんだん逃げたくなってくる。

 

こういう風にしていると、結局その課題をやらない理由もうまく説明できず、もしかしたら減給を言い渡されるということがあるかもしれない。そこで労働者として減給を言い渡されたらどうすればよいかについて、調べてみた。

 

まあこれは知っていたことなのだが、減給というのは雇用者が一方的に決めることはできない。なので、減給とか言われたときに、「はい、わかりました」などと言わなくていい。基本的には「いいえ、困ります」の一点張りでいっていい。

 

そうすると今のご時世なので、次の一手として業績不振による減給を言ってくる可能性がある。そしたらこれは業績がどこまで持ち直したら給料が戻るのか聞けばいい。それを書面で残してもらう。それに納得しなければさらに減給を断ればよい。

 

それで協議が整わず、首になるようなことがあれば、正直納得いかないが、べつに勉強することもあるし、しばらく失業してもいいし、職業訓練で受けたいものもあるし、それもまたいい。正直なところ、なんで職場のよくわからない人間のせいでこんなことを考えなければいけないのかはわからないが、ここにこのことを考えて書いて、すっきりしたし、考えておいて損はないので、まあよいとするぜ。

 

なんで自分がこんなことで精神を病みかけていたのか、まじめすぎだから意味わからないわと思ってきたわ・・・。半世紀単位で考えれば相当どうでもいいことだわ。

いつも何かこれ以上にいい道があるはずで見えてないだけと思って考え続けてしまうけど、それだけを休みの日にも考えなければいけない義務なんかないのだわ。これまで上司の期待にはいつも答えるように努めてきた。上司にこれをやってくれと言われてやらなかったことなどなかった。だからちょっとびびっているだけ。