いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

自分は何にストレスを感じているか

最近チームで一番偉い上司(大ボスと呼ぶ)に、課題を与えられていて、それに取り組むことは簡単でたぶん達成できそうだと思っているのですが、そのことを自分の直属の上司に、このように行いたいと相談すると、それではだめで、これだけではだめで、もっと厳格な基準を設けて、できなかった人にはどのような対処をするかも考えて実行しないとどうせだれもちゃんとやらないよ、などと言われ、どうも直属の上司の利害には私が大ボスの課題を実行することがよくない影響を及ぼすということなのではないかというくらい、とにかく否定してこられる。その様子がちょっと尋常じゃなく、やめたほうがいいのかなあと思っている。私は別に大ボスによく評価されてもなんとも思わない。仕事も何年かすれば変更するだろうし、何なら大ボスも数年で辞めるだろう。でも直属の上司はなんかかわいそうだなと思うところがあり、また割と私怨の激しいタイプなので、怒りを買うのは嫌だなと思っている。やめてほしいというならやめてあげようと思っている。またどちらにしても、私は部署に入って数か月の身分で、もしこの日までにこれができなければ、あなたは責任を取らねばならないし、このようにしなければならない、というようなことを部内の人に言い渡せる身分でもないと思っている。そんなのおかしい。役職もないし。私は絶対に偉そうにはしたくないのだ。

 

大ボスになんと説明していいかわからない。大ボスにうまく説明できないまま課題が流れてしまうのは人間対人間のこととして申し訳ないと思っている。やりづらいよ。とにかくみんな一つの方向を向いている組織というのはないのかなあ。

 

会社では転職してきた人が定着しないという問題があって、私も転職してきた人なのだが、中立的な立場の人、職種的な常識を兼ね備えている人からやめていくイメージなので、初心者として普通のリテラシーを身に着けたいと思っている若者としてはやはりこまっている。またこのようなことを職場で相談できるような人もいないので、愚痴どまりのことしか言えず、だんだん逃げたくなってくる。

 

こういう風にしていると、結局その課題をやらない理由もうまく説明できず、もしかしたら減給を言い渡されるということがあるかもしれない。そこで労働者として減給を言い渡されたらどうすればよいかについて、調べてみた。

 

まあこれは知っていたことなのだが、減給というのは雇用者が一方的に決めることはできない。なので、減給とか言われたときに、「はい、わかりました」などと言わなくていい。基本的には「いいえ、困ります」の一点張りでいっていい。

 

そうすると今のご時世なので、次の一手として業績不振による減給を言ってくる可能性がある。そしたらこれは業績がどこまで持ち直したら給料が戻るのか聞けばいい。それを書面で残してもらう。それに納得しなければさらに減給を断ればよい。

 

それで協議が整わず、首になるようなことがあれば、正直納得いかないが、べつに勉強することもあるし、しばらく失業してもいいし、職業訓練で受けたいものもあるし、それもまたいい。正直なところ、なんで職場のよくわからない人間のせいでこんなことを考えなければいけないのかはわからないが、ここにこのことを考えて書いて、すっきりしたし、考えておいて損はないので、まあよいとするぜ。

 

なんで自分がこんなことで精神を病みかけていたのか、まじめすぎだから意味わからないわと思ってきたわ・・・。半世紀単位で考えれば相当どうでもいいことだわ。

いつも何かこれ以上にいい道があるはずで見えてないだけと思って考え続けてしまうけど、それだけを休みの日にも考えなければいけない義務なんかないのだわ。これまで上司の期待にはいつも答えるように努めてきた。上司にこれをやってくれと言われてやらなかったことなどなかった。だからちょっとびびっているだけ。