いのちばっかりさ

生きている記録。生業。通信制大学。天平の甍、生の短さについて、狼煙

経理が出てくる小説

 今年二十四歳になる中山敏子には、終戦後二回ほど、縁談がありました。最初の話は、あまり思わしいものでなく、本人の耳に入れずに、母のもとで打ち切ってしまいました。二度目のは、副島の伯母さんから持ちこまれたもので、母もたいへん気乗りがし、副島さんの家で、それとなく、敏子と先方の当人とを会わせました。
 先方の当人、筒井直介は、りっぱな人柄だそうでありました。副島の伯父さんが重役をしている会社と直結関係にある会社に勤めていました。経済学士で、戦時中動員されて、二年間ばかり陸軍の経理部の仕事をしたことがありました。性質は温厚で、何等の圭角もなく、同僚と諍いをしたことなどはないそうでした。まだ特別な才能は示さないが、至って勤勉で、欠勤率は最も少いそうでした。亡父の遺産が可なりあるので、将来の生活にも不安がないそうでした。嘗て胃腸を少しく病んだことがあるが、現在は全く健康だとのことでした。中肉中背で、色は白い方で、顔立は美男子型だとのことでした。酒や煙草、その他の趣味娯楽、みな中庸を得てるとのことでした。――そういう概説は、縁談としては相当に突きこんだものではありましたが、然し実は何も語らないのと同じでした。

 

豊島与志雄「旅だち」(見合い相手の候補の人が経理として働いたことのある人)

 

経理として働くと常に不適切な事態を乗り越えることを求められる。その度に経理の人物を小説の中に探し、小説の中にその生き方を探す。正しく記帳することが経理にとっては会社を繁栄させることより重要である。そうあるべきだと思っている。繁栄とはなんなのか、後ろめたさのある繁栄そんなものは全然いらないな。全体善のためには私の生活も滅びてほしいし会社も滅びてほしい。

 

さくら白桃という桃が固くて美味しかった。