いのちばっかりさ

生きている記録。生業。通信制大学。天平の甍、生の短さについて、狼煙

どうだ明るくなったろう

夜の散歩にそぞろに川沿いの道を歩いていると、最近自分が食事をまともにとっていないことに気づいた。考え事が重なるとつい食事を取る機会をなくす。答えを求めて毎週10冊ずつ図書館へ通い本を借り、先週の分を返すことが習慣になる。もちろんんその中には読んだものも読んでいないものもある。こういうのも一種の過集中なのかもしれないなと思いながら、自分の健康のためにそれに気づけたことは良かったと思いながら歩いていた。どうも最近耳の中が痒く、耳かきをしていると血が出てしまった。ワセリンを塗っておいたが大丈夫だろうか、などと考え始めた。

 

目の前に一人の男が所在無さげに、いや視線はこちらに向けたまま立っている。電話を切った直後みたいな呼吸を始めようという顔をしている。男は私に向かって言った。「どうだ明るくなったろう」。

 

そしてコートの前を開き、見せてはいけない部分を晒した。

 

私は思ったのだが、「いや明るくはならない。」と言うことができなかった。あまりにも突然だったためだ。自宅には赤魚の煮つけを購入したものが保管されてあるのに、この今晩は帰れないかもしれない。この男を警察に連れていかなければいけないかもしれない、などと考えていた。このようなことになるのなら自宅に出しっぱなしになっている味噌汁、あれは冷蔵庫に入れてくるべきだったのだ。最近近所のスーパーで扱い始めた美味しい歯ごたえのある舞茸が入っているのに。

私は試しにこの男がどこかへ行ってくれる事を願いながら無言で立ち尽くすことにした。なんの音も聞こえない。正直なところこのまま立ち去って欲しいし、これ以上何か近づいたりしないで欲しい。しばらくそうしていると男は気が付いたように走り去った。私は今のことはなかったことにしようと思い、ジャケットのポケットに入っている財布の感触を確かめた。財布があるので大丈夫だとよくわからないことを思いながら、川沿いの道を歩き始めた。周囲は暗いものの、東京だから街灯がたくさんあって、安心だ。この辺りに変質者が多いと言うのは本当だったのか。今まで出会ったことがないから、そんなことはないと思っていた。

 

フラットな気持ちで川沿いを歩いていると、急に周囲が真昼のように明るくなった。「どうだ明るくなったろう」と言うのが早すぎたんじゃないか、とちょっと思ったが、そもそも意味がわからない。どうして周囲が真昼のように明るくなったのだろうか。よく見たら、川と道を分けて、歩行者の安全を守っている金属製の柵が根こそぎなくなっている。川を見たいと言う非常な渇きを感じ、道が切れて川を下に望む場所に近寄ると、いつもは柵のせいで見えない川の砂利が明るいせいでくっきりと見える。その横を緑色の水草を動かしながら流れる川は、まるで美しい川のようだ。汚いのにせせらぎのような顔をしている。鴨が三羽と、知らない鳥が川の中にいる。

 

夜だったと言うのに鴨がこんなに動き回っているのはおかしい。それに柵はどこに行ってしまったのか。下を見てもそれらしいものがないのを見ると、柵が下に落ちてしまったと言うのでもないようだ。一体どのようなことだろうか。左を見て川沿いの道を見ると、見渡す限り、先まで柵がない。

 

家に帰らなければと思い、階段を振り返ると階段がない。携帯電話を取り出して旦那に電話をしようと思ったら携帯電話がない。どうすることもできず川沿いの道を歩き、川を見下ろしていると、ふと自分は旦那にいつも機嫌よく振舞って欲しいと言う気持ちを持ちすぎていたのではないかと思った。機嫌よくしていない状況の旦那も最高に素晴らしいのに。つい日頃の仕事の忙しさで嫌気がさしていたのだ。とても悲しい。旦那に会いたいと言う気持ちがありながら川沿いをずっと歩いている。周囲は真夏の昼のように明るい。

 

旦那は家に帰ると、モンベルの折り畳み傘の話をしていた。壊れにくい折りたたみ傘の構造について色々な話をしている。気づいたら私は家に帰っていたのだった。駅前のピアノ教室のことを私は話した。周囲は暗く夜中だから、鳥も飛んでいない。次の日すごく雨が降って、きっと警報がなるだろう。ここは川沿いだから。そしたら緑色のワカケホンセイインコが15羽程度一斉に飛び立つ。あれはいつもと違う音に敏感なのだ。掃除機の音などでもさっさと逃げる。そのくせ長い雨に打たれても全然平気な顔で電信柱についている。今年ラナンキュラスの花が流行っていて、ピアノ教室の近くの花屋で330円の苗を売っていた。その話をしたとき、私たちが切り花ばかり買うのは変だと言う言葉が私の口から話された。切られた花ではなく生きた花を買い、庭に植えてその生命を守ることを楽しんだ方が、花の色々な姿も見ることができ、良いのではないかと私の口は語っているのであった。