いのちばっかりさ

生きている記録。生業。通信制大学。天平の甍、生の短さについて、狼煙

和歌山県にいます

 幸せになるためにとか、本当の家族になるために地方にIターンしました、Uターンしました、そんな風に話す人はたくさんいる。

 

 私たち学生もそういう話を聞くためのツアーにいつの間にか参加していたりする。大学側がそういうツアーを望んでいたりするのだ。自分は大学職員として働いてるのにそんな夢も見てるんだなぁ。

 

 幸せになりたいという思いも、本当に家族になりたいという思いは、私にはどちらもしっくりこなくて、どちらかといえば逃げてしまうような生き方をしてる人の話の方が聞く気になる。というか幸せだとかの話よりそこで始めたそのローカルな自然派な商売でどのくらい稼げてるのか損益計算書、貸借対照表どうなってんのかを聞きたいわけじゃないすか。

 

 IターンとかUターンとかで戻って来て幸せな気分になるのは別にどうでもいいかなって思うよ。どれだけ自由とか、周りの人が助けてくれるとか、結局その人がどう物事を受けとめるかだと思うし。山が綺麗とか、子供が自然に触れ合ってるとか。それを見てて嬉しくなるとか、結局全部いいことばっかりじゃないの。

 

 生きていこうと思えばお金は必要なわけだし。 すてきなもしくはちょっと甘酸っぱい感情的な話はネット上に山ほどあるしさー。実物の人が目の前にいても生々しいというだけだから。ちょっとだけだけど、早く帰ってだんなに会いたいとおもってしまうよ。

 

 普通に楽しいけれど。

 ここにいると、なんかOBや活躍している地元の人に会いに行く機会にOBの話を聞くだけで、何か意見を求められるということがない。年下の人は意見を求められない風潮なのかなとか想像したけれど、10人くらいに会っただけだからそう言い切るべきじゃないよね。でもなんかそんなところがちと違うとこだなと思いました。

 

 自分語りするのが上手い人が多くて、すべての歴史が切り裂かれてる私としては、どうしたらそんなんなれるのかわからないところです。

 

辛いことちゃんと話してる人が好き。お金のことも。

 

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ちゃんとしてるポストイットブランドのポストイットを久しぶりに買ったら再生紙を使ってるぽくてお茶とかこぼしたら思ったより染みてしまって、「ん?」って感じでした。

 

やたら高めの値段設定だとおもっていて、100均のポストイットより剥がれにくくて白く輝いてると記憶の片隅にあるいつかのポストイットに期待していたのだが、ポストイットはこんなもんだっただろうか。もっとピンピンしているものだとおもったのに。

 

 

海岸あつい 一人でいると焼ける

海の家片してました。f:id:giveus:20170905230706j:image

少し今日は計画が狂いすぎたし出先で疲れたのでもう寝ます。おやすみなさいねむい。

 

海の写真を見ていて思い出しました。グローバリゼーションと、日本の製造業はなんだって国内シェアだけじゃ小さくなっていって成長してはいけないということ、これを考えてない学生には来てもらっても困ると言いつつ、そのことを言うと嫌そうな顔をする人事のこと。わたしの触れ方が稚拙なら、どこが稚拙でどう考えるべきなのか話してはくれませんか。

 

適当な出会いが毎日セッティングされ、適当な服装で適当な時間に電車に乗り、適当なビルに入って適当に仕事する人が溢れる品川を通り抜け東京駅から高速バスに乗りました。

 

まるで電話ボックスに閉じ込められて無感情な少女みたいなひとがたくさんあるいていますね。

三島駅

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三島駅ではムクドリが大量発生しており、そういう仕事の人が空に向けてものすごい音の出るバズーカ(拡声器)を向けて鳥を追い払っていた。

 

例の映画を思い出すような光景で、ざわざわと鳥肌がたった。あまりに多いのでイナゴの大量発生かと思った。

 

後で追い払った鳥は死ぬわけじゃないし、どうするんだろうか。

 

18きっぷでプチ遠出したのでしたとさ。

 

誕生日おめでとう

 なんかほぼ日手帳の話題が多すぎないのかなと思っている。私は手帳はなんでもいいと思っている。代わりに左ページが24時間バーチカルで右ページが無地の滑らかなノートを百円で売ってくれないかと思っている。デイリーノートだ。無印よろしくー

 

 ストレスマックスになってくると、まず喉を鳴らす癖が顕著になる。そのあと咳が止まらなくなってくる。普通に考えて変だ。そんな時には出かけなくてはと思う。所用につき和歌山へ参ります。普通にただの友達が欲しい。友達5人くらい引き連れて就職先の見知らぬ土地に引っ越したい。と考えて、そう言うのに一緒に来てくれる友達なんかそうそういないと言うかそれはもはやヤクザの親分と子分みたいな状況しか想像できないぞと思った。それか家族、か。

 

 大手企業のOB、家族のこと大切って言う話しかしてくれなくて面白すぎる。弟の学費を払ってやりたいから国内最大手車メーカーに就職しましたとか、家族を支えられなくて悔しかったのでアルバイトに打ち込み、営業の経験をたくさん積みました、とか、ほっとけばいいじゃないの?なんか奨学金とか生活保護とかで家族って普通に生きていけるじゃないかと思いました。なんか都合のいい言い訳を見つけて、自分が頑張ることになんの意味があるのかと言うことを、結局考えていない気がする。何もかも最後には無に帰すのに、そのことについて考えないなんて変だな。私にはなんで頑張るのか自分でまだよくわからないけれど、この世に人間が私一人しかいなくても食べ物のことについては考えていると思うから、食品の仕事は自分が望む形では自分のことを周囲の誰からも認めてもらえなくなったとしても、なんらかの形で続けていけるだろう。銀行の内定を断ったのはそう言う理由もある。もし周りに喜ばせたり支えたいと思う人間がいなくなった世界が目の前に開けたら、その時金融のことなんか私は考えないだろうと思う。最悪最後にしぬにしても最後の晩餐何食べるかなくらいは食事のことを考えるし、まあ多分しぬことはしないので、だんなと今晩何食べるかなあくらい考えているだろう。二人で長生きできるように。一体そんな世界で何のために長生きするのかわからないが、一緒に山を見ているだけでもいいよね。でもよく考えたらそんな世界で出勤するのは時間がもったいないなあ。

スイス人サミュエル・ブレの人生 ラミュ小説集III

スイス人サミュエル・ブレの人生 ラミュ小説集III

 

  今これ読んでる。図書館は貧乏な人の病院。

すずしいすごいすずしい(こんなことあるよねを集めた)

・音うるさいなって思っているのに、イヤマフつけない時がある。虫の声が聞こえてたら、そして特にすずしい日はこのままでいいかなあと思う。今日みたい。無論家族が歩き回ってる時は無理なんだが、そのまま本を読もうとする。原付の音うるさすぎるから無理なんだけどね。みんながコンビニで新聞買ったらオンラインで読むようになって、新聞配達がなくなったら夕方もう少し静かになるね。

 

・集団で参加するイベントに誘われ、断れない時期がある。なんか定期的にそういうのやっちゃう。生理みたいなものだと思うのだが、なんでこんなのに参加するって言ったんだ、と思うことが多い。頭おかしいなあと思う。そういう時は自分の性格とかに自信がないんだよね。わたしの性格とかに誰も気にしてないっつーのって感じですわ。あと無料でできることはなんでも貪ってやろうという社会に対する復讐心みたいなものが湧いてる時も変なのに参加表明しちゃう。落ち着いて自分のやることやろうやってね。

 

・わたしと付き合いたいって言ってくるありがたい非童貞をやたらめったら痛めつけて振ってしまうことがある。しかもかなり手ひどい笑

 

 これはなんかもう理由もわかってるのだが、説明すると長くなる。後で自分のLINEでの発言とか目に触れると、「この振り方はないだろう本当酷すぎ」と思う。まあどうでもいいわ......。おそろしい......。ユーチューブでけみおの動画見たらこんな話を書いてしまった。あほか。

 

・いろいろ疲れすぎて徹夜とかした後に個人店とかの店のおばさんとかに「こないだの台風すごかったですねー」とかの天気の会話を持ちかけてしまう。でも会話が始まってももうまともに考えられてないので変なことを答えたり聞いたりして困惑させる。徹夜しないようにすること。

 

まあ今回はこの辺で。

 

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そばぼうろ買った。

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よくあるなんか軽いやつだと思ったら、ちゃんと中が詰まってるやつで、パリッと感があった。子供の時食べてたやつだ。最近スーパーとかにもそばぼうろあるんだけど、なんか違うなという感じがあったんですよね。軽すぎるというか。

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サイゼリアのチーズが変わってた。美味しくなってた!

 

 

奄美大島いきたい

昨日内々定をメールで断ったブログ書いたらアクセス数上がってしまいビビってしまった。 

 

無印良品からお買い物に使えるポイントをなぜかプレゼントしてもらったので、わーいって思ってだけど特に買うものもなく、期限がせまったので100円の家計簿を買った。後普通のノート。無料で買い物するのは良い気分。

 

 最近一人でファミレスとか行って人にサービスしてもらうことがめんどくなったので一人の時は外食しないようにしている(とか行って今日サイゼリア行ったけど)。他の人と会う時はハレの日なのでファミレスとかもいく。

 

 岩波ホール(神保町)に映画見にいきたいけど、なんか一人では途中でジタバタしたくなって帰りそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

内々定を(結局メールで)辞退した。

 昨日は朝一で辞退することを考えまくって眠れなかった。あと基本的には人事部の電話番号を探して居た。見つからなかった。

 

 考えても見てくれ。内々定の連絡も、人事の個人の携帯電話の番号から受け取ったのだ。私は人事の電話番号を知りようはずもない。なぜ電話番号を公開しないのだろうか。なぜ人事部共通の番号からかかってこないのだ。

 

 まあおそらく、あまりにも採用者人数が多いので、いちいち皆が電話をかけてきたらうるさくてたまらないからだろう。しかし本社ビルも関係者以外は立ち入れない場所だし、受付にはお姉さんが座っているし、まさかあそこにわざわざ出かけて行って人事を下に呼び出して謝るのが王道とは言えないと思う。

 

 想像はできる。御社に採用されないと死ぬ!みたいな人から電話がかかってきたりして大変なのかもしれない。あまりに辞退者が多くて電話対応していると人事部の士気が下がるためかもしれない。毎年人事が電話対応でキレて2ちゃんに「あそこの人事は粘着」などと書かれすぎたため根本的な解決方法として電話番号を公開しないことにしたのかもしれない。そもそも一応大企業ではあるが御社とか言う会社は見えるようで見えない元から存在さえしない会社だったのかもしれない。全ては幻で、単なる陽炎だったと言う説もある。

 

 結局メールで丁重に辞退の連絡をした。大変辛い。と言うかもう辞退が辛いのか寝不足が辛いのか貧血が辛いのか単なる鬱なのかわからない状態になってきた。でも問題が解決した。寝るのみである!

 

 

なんでか知らんが

 自分は裏表の必要性が理解できていないと思ったら、なんか自分にも子供が育てられるんじゃないかと瞬時に思ったんですよね。なんの関連性があるのかわからないけど。本当この一瞬だけの感覚なのかもしれないのだけど。

 

 

パール金属 バイブレーション タイマー ブラウン C-3239

パール金属 バイブレーション タイマー ブラウン C-3239

 

 

 振動だけで知らせてくれるタイマー書いました。どんだけタイマー買うのかって感じですが。タイマー命なので。設定を変えて音を出すこともできます。今のところいい感じ。振動だけにできると学校とか図書館とか、音聞きたくない時にも使えるからすごくいい。防水だったらもっといいなあ。

 貧血で鬱だったのでまだ内定辞退の電話できていないです。結局内定承諾書類の期限の翌日に電話することになってしまう。私も大概よくないな。人事の電話番号なんでリクナビから消してるんだろう。最初から載ってなかったのかなあ。

裏表?いや私はいのちばっかりですね

 今日は重大なことに気づいた気がする。

 私の社会に対する違和感の根本がなんなのか、わかった気がするのだ。たぶん私以外の人が読んでも、そんなこと当たり前じゃないかと思うのであろうが。

 

 それはズバリ「裏表」である。私には「裏表」ということが理解できないのである。また「裏」を知っていることは優れているという発想も理解できていない。たぶん裏を知っているからこそ、裏のある表を振る舞えるのであろうが、私は「裏」について全く意識しないで生きている。それどころか、「裏」は私の知らないもの、それを持っている人は共同作業者として選ぶべきでない人間として認識してしまっている。私は「裏」を知っている人より、広く知っている人を尊ぶ傾向にある。だから読書する人が好きなのかもしれない。だから大学には読書する人が多いと思って大学に行ったのかもしれない。だが大学も裏表の世界だった。これは日本社会の特徴なのだろうか?私はそうは思わない。中国へ行っても、やはり交流する中国人の大学生には裏がある。たまにないものもいる。

 

 人がなぜ裏を持つのかそれはやはりわからない。しかし裏を持つことは実は暗黙の了解で、裏を持つものは相手にも裏があるのだろうと思い込み、それは表の顔だろうから正直に本当の願いを言いなさいという。けれども実はそう問いかけるものは裏のない人材を求めているような気がする。けれども裏などないという人間が来るとまたそれは面食らったり、さらに裏を見せろと問い詰めたり、この人は打ち解けないのだと断定してよそよそしく振舞ったりする。

 

 裏などないという人間というのは私のことである。私は裏表を設けることには居心地の悪いダブダブの服をわざと選んで着るような煩雑としか思っていない。裏表を自分が持っているから疲れるし孤独だなどという言い分には全く賛成できかねる。自分を守るために裏表を設けているのだろうか。ならばなぜそのために疲れるのであろうか。あなたたちは少年少女の時代から大人になる段階で、自分の子供性を、純粋な心を、大人の世界に染められないためにあえて裏表の二重性を設けたのだろうか。何かから自分の心を守りたいのだろうか。その心を世界に晒さないことで、決定的に心が損なわれることを恐れたのだろうか。しかしもしも心がそのままでいられる世界がなくなってしまったことは、その二重性を設ける人々そのものによるのだとしたら?自分自身で窒息する空間を作っているようなものだ。

 

 人の二重性(裏表があるということ)について理解することと、騙されないように備えることは全く別だと思う。人を騙すことと、騙さないことは、利益になるかならないかということに基づいている。その人の利益がどこにあるかということは、その人が置かれている環境、身分、将来設計に基づく。そんなことは互いに正直であればその本人が目の前にいて、その本音の会話を交わせばわかることで、互いに利益になれると感じた時だけ一緒にいればいい。互いに利益になれないのに一緒にいたいと思うならそれはもう結婚したらいいんじゃないだろうか。

 

 もし企業の社長が、自分の心を語る入社希望者や社員に対して、「それは表だろうから裏で考えてることはなんなの、本当は××したいだけなんじゃないの」などというならそんなのほんとつまんねえ会社だな、と思う。そんな奴ばかりいる会社なのかと。そんな目で見て、そんなことを語りかけている限り、あんたの周りに本当にあんたの会社のビジョンを実現したいと思う社員なんかやってこないよ、というかあんたがそこをどけよと思う。なんで正直なことだけ行っている人間が食えない人間みたいな扱いを受けなきゃならないんだよと。

 

 裏表っていうけれど、それが発揮されるところは日常では本当に些細な場所なんだよなと思う。飲み会に行かないで家でテレビ見たいのに飲み会に付き合うとか、正直宅飲みの方がお金がかからないから自分の家に来てくれればいいよと思っていても、外飲みに付き合うとか。正直この上司の下で働けないと思っていても部署異動を申し出ないとか、この友達よりあの友達と遊びたいのに、我慢してこの友達と話すとか。その話し方じゃわからないと思っても、もっとゆっくり話してくださいと言わなかったり。そういうことを繰り返しているうちに、自分がいたい場所とは全く違うところにいつのまにか張り付いているという事態になるんじゃないのかなあ。

 

 そういう現場で承認欲求を満たそうと考え始めると、自分が何を目指しているのかわからなくなるんだろうと思っている。硬直したくない。私はこれをこうしたい、何をしたいと言えないような現場で、承認欲求だけを満たそうとするのはやめた方がいいんじゃないのか。それは親にやれと言われたことをやったりやらなかったりして、失望されるんじゃないかと恐れたり、失望されてもいいやと投げやりになったりしていることと同じで、何も進歩らし進歩をする余地がない。自分の希望を言うことで、自分自身の引き上げ時を自覚して、自分を守るべきだ。

 

 私はこのブログでやはり承認欲求を少し満たしている。私はこのブログで毎日自分のことを書いて行きたいと思うし、このブログでは違和感を隠さずに出して行きたい。いのちばっかりの記録として、何も持っていない時点の自分を自覚しながら、何を持っても、結局はいのちだけが私のためにあるということを毎日思い出したい。そういう記録を誰かが継続して読んでくれているということは、誰かがいいねと思ってくれているということだろうか。このことが私の承認欲求を満たしている。

 

 私のような人間が、この先元気で無傷の人生を送れるとは思えない。でも私は人生を通して、なんらかの形で希望を持っていたいと思っているし、本当は友達も欲しい。だんなを幸せにしたい。

 

 そんな風に思っている私にとって、裏表を設けることは遠回りであると同時にひねくれた遊び、遊びなのに自分を傷つけて幸運を逃しまくっている変な動作、としか映らない。私にも裏表を持つことを求める発言に接する時、ひどく不愉快に感じる。まるで汚い手で目玉を触られるみたいな感じ。何かに感染しそうで怖い。

 

 裏表の高度化した人たちの間で、私はまるで白痴だ。きゃっはーって笑っている。全てのことがアホらしくてたまらない。家に帰って美味しいものでも食べて風呂で心までよく洗ってこいよって感じ。

 

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サーニン (上巻) (岩波文庫)

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サーニン (下巻) (岩波文庫)

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 ロシア文学。「結局死ぬのに骨の折れる仕事に取り組むことになんの意味がある」とか言う問いに対して考えるふりをして結局エロとか自殺とかに走るのは本当いい加減にしてよねって感じ。この小説の中に一体何を発見しろと言うのか。

 

 

今日の日記はあえて読み返さない。書いたきり。 

いやにつらくていやがる

 この二日、三日、嫌に辛い。なんとなく気分が落ち込んでいる。むかし家庭教師で教えていた不登校で家の物を破壊してしまう女の子は、「普通の人がどういう気持ちで生きているのかまるでわからない」と言っていた。私もわからないよって言ったけど、今も本当にそう思う。普通の人というのは何を思っているのかわかるためにブログを書いてブログを読んでいるのかもしれない。

 

 私は優秀な家庭教師だった。教え子は3人とも志望校に合格した。でも私の人生は全く円滑にいっていない。たまにFacebookで教え子を見るけど、私は相変わらず変な有様で、神経だけが人間の形になって生きているようなオブジェとして存在している。普通の人がなぜ笑っているのか、なぜその状態で平気なのか、なぜ普通に毎日起きることができるのかわからない。でもきっと人生なんかそんなものだ。

 

 たまに自分の目つきがおかしいって感じることがある。誰に負けるとかではなく、自分の体力のなさに負けそうな時がある。他人に対して怒りを感じたくない。

 

 他人に対して怒りを感じるのは疲れる。最後はじゃあ私はどうなんですかと思ってしまうので。小説でも読んでぐちゃぐちゃな時間軸で生活していたいんですよ。でもそう思う反面、世の中の役に立つ人間になりたいというか、いや、別に世の中に役に立たなくてもいいけれど、自分仕事で様々な場面で相手を満足させたい、人生を充実したものにする糧になりたい、そういうことを期待するような現場に出くわしてみたい、そんな気分もある。

 

ミドリ MDノート<A5> 横罫

ミドリ MDノート 横罫

 

 

 

縄文人の世界観

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