いのちばっかりさ

その金字塔/ 心で価値を生み出すこと

寝ているようだ

 入浴。

 水といえば昨日朝IHクッカーで鶏がらスープを作っていたら水が沸騰して溢れ、水を伝って漏電していたんだろう、ブレーカーが落ちた。旦那は珍しく寝ていて、そのことは黙っておいたというか、話さなかった。水があふれてブレーカーが落ちるというシチュエーションは初めてだったので、ブレーカーを上げる方法もネットで調べないとわからなかった上に、面食らった。きっと驚いたから話さなかったんだと思う。

 

 村上春樹の小説を読んでるけど実は前にも読んだことがあるってことを思い出した。思い出したけど話の内容は何も思い出せない。どちらにしろ真実よりは面白くない。事実が小説より奇であるかは知らないけど、事実の方が真面目だと思う。真面目で、予想が自意識に絡め取られており、他人の感情を生きることはできない。

 

 他人の感情を生きている気分になるということは、他人を消し去ってしまうということで、無関心になるのと変わらない。得体の知れない壁をいつでも認めていなければいけないんだ。

 

 たのんでいたスペースWi-Fiと言う名のWiFiがやっと届いた。4月22日に届く予定だったのに、とんだことだ。全くもうと思った。午前指定配達なのに結局午前中には届かなかったので、しびれを切らして旦那がシャワーに入ったら、入って数分で届いた。旦那がシャワーから出て、一緒に道の駅みたいな場所にうどんを食べに行った。道の駅みたいなとこだから野菜も売っていて、そこでとてもずっしりしたレタスと、綺麗な青梗菜を買った。照りつけている。私は旦那が買い物を悩んでいるところを見るのが好きで、こっそり後ろから見ていた。一通り選ぶと悪趣味な土産物を二人で見て苦笑いしたりした。魚も売っていて、魚屋(と言っても観賞用の魚を売る方のだが)がお客と話していた。もうすぐ卵を産む何かを売っていて、その魚かエビか何かが入ったパンパンのビニール袋には半額のシールが貼られていて、私は観賞用の魚というのはどう言う基準で半額になるのだかわからないと思った。袋に魚が入って売られている光景は私を苦しくさせる。

 

 きっと昔魚を飼っていたからだ。子供には抱え込んだ魚を放したいと思っても、都会の真ん中ではどこにも幸せに暮らせそうなところなんてない。どの見せかけの小川にも排水溝があり、恐ろしい速度で魚もそこまで吸い込まれてしまいそうである。魚に傷がつくたび、私は自分が飼ってるからそうなってしまったんだと思った。私と魚は同じ窓から家族を見ているような気がした。私だけ魚には見えない窓も見えていて、そこから隣の家の栗の木を見ることができる。魚も見ることができたらいいのにと思っていたよ。死んでしまったやつは公園に埋めた。

 

 痛めていた足を行きで悪くしたので、旦那はゆっくりと歩いた。私もゆっくりと歩いた。通りすがりのおばあさんが話しかけてきて笑っていた。私は聞き取れなかったが旦那は受け答えした。足が痛すぎとのことでスターバックスに入った。かなり久しぶりに入ったので、こんなおしゃれな場所だったと思った。いちごのフラペチーノを一つ頼んで、店内で二人で半分こずつ飲んだ。特に咎められることもなかった。

 

 東京でそれをしたら変な目で見られたと思う。みんな本当は半分こずつで飲むのがちょうど良いと思っているのではないかと感じた。実際半分こずつ飲むとちょうどよかった。一人で飲むと頭が痛くなっちゃうからと旦那も言って笑う。帰ってからバケツに水を入れて氷を追加し、旦那は足を冷やした。水を入れすぎて足を入れたら水が溢れそうだったので、水を減らして再度冷やした。水はよく冷えた。ありがとうと旦那は言った。バケツは小さ過ぎるようだった。でも大丈夫と言った。いつまでも二人とも大丈夫でいたい。

 

 ただの惚気話のようだが、そうではない。いつまでも謎の恐れのようなものを感じていて、それを書きたいのにそれには言葉で触れることができないのだ。こんな話を誰が欲するのかといえば、ただ書くことを私が望んでいるから書いているだけなのだ。書くことでいつかはその軌道に触れられるんじゃないかと言う気がするんだ。ただそれだけだ。テレビがないからラジオを聴いている。どこへ行きたいのかわからないが、閉塞感を感じているのだ。日本のどこへ言ってものその閉塞感から解き放たれる気がしない。宇宙飛行士になっても同じことだと思う。閉塞感の中をしば犬の足が深み深みと踏んでいる。それが隣人の日課なのだ。しば犬を連れて歩くと言うことが。あの人は閉塞感を感じないのだろうかと思うものの、声をかけたことはない。

 

 昨日かつての豪族の墓に再び登って、山並みを見たが、前に見たときみたいに素晴らしくは感じなかった。ここらの山は皆低い。三人で焼き鳥が食べたい。そのうちの一人と連絡が取れないので心配している。記憶がある限り、次に会う時のことを考える決まりになっている人というのは何人かいると思う。

 

 私もどこか外国に行って暮らしてみたい。この国の中で成長したいと思っていたくないんだろう。もっと違うところでなら成長したいと思っていたい。ほうじ茶を飲んでいつの間にか部屋が暗くなった。旦那は疲れて寝ているようだが、私のためにももっと身じろぎして安心させてほしい。