いのちばっかりさ

その金字塔/ 心で価値を生みだすこと

人生がうまくいっていたときなんかない

人生がうまくいっていたときなんかないということが私を安心させる。それでも何とかここまで生きてきたぞ。私にはやりたいことが多い。

・勉強

・充実した食事(品数が多いということではない)

・山歩き

・読書

・旦那とするいろんなこと 小さな会話から大きな計画まで

・書くこと

・早起き

・夜更かし

・仕事

・定時帰り

でも全然できない。

いつものことだ。うまくいっていたことなんかない。

 

カフカのように仕事が邪魔だと言っている。

でももし私のやりたいことがカフカのように書くことだと断言出来たら、もっと書くことはうまくいくだろう。でも私の書いているものは人の役に立つことではない。書くことでただ自分を展開したいだけで、風を通してよくよく見てみたいだけなのだ。

 

乾かさなければいけない部分があるようで、ひらかなければならないのにと思いながら脇を閉じて仕事をしている。

 

婚姻届けを書いたのだが、父と母の名字が違うということを今頃思った。また私の住民票も前の就職先に残ったままだ。自分で納得できるところを探すために、長い道を短い道を行ったり来たりした。父はもう死んだし、私は父を忘れることはない。地方で働いた生活はもう過ぎたけど、私はその生活を忘れることはない。

 

全肯定して歩いていく。

私がなしたことが作り出す轍を見よわたし。というかいつも自分が何をやっているのかよくわからないので、後ろを見て楽しむことしかできないんだよなあ。

ブログを書くという習慣

ブログを書くという習慣は、私には素晴らしい。毎日50アクセスくらいアクセスしてもらっている。多分一人の人は1回しか見ないのが一般的だと思うので、50人くらいの人が見てくれているのだろう。普通に生きていて、50人もの人に毎日自分が考えていることを聞いてもらえるだろうか。とても心強い。

 

最近帰宅すると座ったとたんに寝ようと思ってしまうので、立ったままブログを書いたり本を読んだりできるプライベートな感じの空間がないものかなと思って、今日それを作った。

 

押入れの上の部分に突っ込んである荷物を並べなおし、本とパソコンを広げられるスペースを作った。登山用の厚手の靴下をはけば、寒い日でも大丈夫だ。あとは照明の問題があるが、これはそのうち何かいいのを思いつくだろう。奥行きがあって素晴らしい。基本的に集中力がないのだが、これなら足踏みしながら、体を左右に揺らしながらブログを書くことができる。

 

オープンな聞き方というのが最近とても大切だと思っていて、それは助けを求めている人のためになる。例えば、その人は何か困っていないかを聞くときに「大丈夫ですか?」「順調ですか?」と聞くよりも「何か困っていることはありますか」と聞くと、何が困っているか考えたこともなくただ困っているような人でも、困っていることを考え出して相談してくれることで、お互いに前進できる。人の悩みに触れることで私も自分の悩みに気づくことができる。

 

ただ自分に対して常にオープンクエスチョンを繰り返していると、人生は不思議な方向にぼやけて行ってしまうというのが最近の悩みで、朝になって「今日は仕事に行かなければいけないですか?」と自分に問いかければ「いかなければいけない」としか言えないのであって、「今日は何をしたい気分ですか?」と聞けば「海に行きたい!」とかなって、結局仕事にいかなければならないので、不完全燃焼な気持ちになる。

 

図書館へ今日の昼間に行ってきて、こんな本を立ち読みでペラペラ読んでいた。

 

星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書

星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書

 

 

この本には、社長が会社を売ろうとしたときに、「売るなら私に下さい。私にはお金がありませんが、本気でこの会社をやっていきたいと思っている」みたいなことを発言する人物が出てくる。

 

そんなに思えるくらいの会社で働けたらと思う。

自分の経歴を充実させるためでなく、本当にやりたい事業のために働いてくれる人が会社を持っていたら、同窓会で自分の社名を自慢するためではなく、本当に事業を愛してくれる社長が会社を経営してくれたなら、いいのに。

 

 

山と写真 (ブルーガイド)

山と写真 (ブルーガイド)

 

 

旦那と山に行って写真を撮りたくなった本。最近もっと文章を書きたくて、すきあれば書きたいという気持ちがある。ポメラを買って書きまくりたいけれど、価格が高い。本当は書くだけではなくて、もっとインプットもしたい。でも睡眠時間が足りないとおかしくなるので、私にとっては本当に仕事が邪魔なのだが、でも仕事こそが、今苦しんでおけば後々もっといろんな可能性を与えてくれることだ。それこそ自分が好きな会社をもっと元気にするような仕事だって、将来はできるようになるかもしれない。すべては今なんとか続けていくことだ。

 

 ここのところ店の売り上げを伸ばしたいというような話ばかり聞いているのだが、確かにお客さんがそれを見て買う気になる商品やサービスというものは存在するのだと思う。けれどそういう要素ばかりを組み合わせて作った商売を消費させることが世の中のためになるのかなあ。もっと心理的な充実を支えるような商売はないのかなあ。このために人生を仕えて幸せだなあとか時間を費やせて幸せだなあとか思わせるようなものを求めているのは私なんだなあ。そうしてそういう充実した存在として愛する旦那の前に存在したいんだな私は。

 

世界の果てでダンス

世界の果てでダンス

 

道徳的選択の基本的な意味は生存を大事にする選択。生命に利益となるような選択であると思われます。

 

うたがい

世の中の人から「〜なのではないか」といろんな疑いをかけられて生きていくのが毎日だと思う。中にはもっとつよく「お前は〜だ!」と決めつけられることもあるだろう。だけど私があなたと過ごしている時間が全てだ。そこにしか本当はない。

 

そこにさえ本当はない場合もある。旦那に関しては、二人で過ごす時間が私の本当になるように、いつも気を付けている。そのためにはもうこれ以上刺激的な要素は必要ないし、静かにしてほしい。ほかの人には静かにしてほしいんだ。

部署移動

薄暗い時代に夢を見て

マンホールの端に座っているような夢を見て

いつも疲れたと言っていたのは私なんだ

魚屋が終わって酒を飲んでる人がいる

その仕事は良い仕事だ 

いつも一日の終わりに酒を飲める

いつも終わったと言う感覚がちゃんとある

やはりわたしはまだあの数字が気になっている

この幸せを無駄にしたくないのだ

この幸せのために

でもこの幸せのために私は何をしただろうか

すべて流れるままに

まるで川の流れのように

欄干にもたれかかって聞く音は

まさに人生の音

すべては流れるままに

すべては流れるままに

 

自発を取り戻したい

きちんとした数字を出したい

やりたいけどやり方がわかない

自発云々の前に私はやる気を失いだした

それではだめだ

流されてはだめだ

自分は

この世の中のために働け

部署移動になって自分は嬉しい

チャンスをもらいました

 

がんばるぞい

 

いそいでブログを書く

今日は頼まれたことを全部片づけてから退社するつもりだったが、別にそんなに急いでやることでもないので、やめておいた。メンタルが微妙なので、よく寝ることが大事だ。というか茶でも飲んでだらだらしたい。会社の中は人事異動が多くて疲れる。とくに入社時から声をかけてくれた人がいなくなったりするのは悲しい。

 

悲しいけれど、無口になりながらも働いていかねばならぬ。てか別に働かなくてもいいけど、性格上働かないととおもってしまう。というか働かねばならぬという状態だと思う、たぶん。

 

そんなこと言っているうちにもうあと5分で日付が変わってしまう。私はとても眠い。しかし勉強したい。家は会社から近くないと人生を無駄遣いしてしまうと思う。けど住んで快適な土地にある会社は給料が安く、給料が高い会社へ行きやすい場所には住みたいと思えない。都会すぎるし、私は少しひなびた雰囲気がないと無理だ。都会と田舎どちらで働くか問題みたいなのが、都内でもやっぱ発生している。細かく見つめていけばいつまでも二択を選び続けることになるのである。最後は二択が無くなって、何も選ぶことはできなくなってしまうのだろうか。それならば、選べるところをあえて選ばないこともありなのか。

 

選ぶことを要求される場面であえて何も選ばないことで、変化を他人や外部に任せきり、かえって自分の変化だけに着目していくという生き方もよさそうだ。なぜか選ぶことを重視しがちだが、別に選ばなくてもいい。本のはじめとかで、「私たちは毎日選択を繰りかえして暮らしている」みたいなことはよく書かれているけど、選択をしないうちに物事がうごいていき、別に何も選択する必要が無くなった(流された)というような生き方は、そんなに悪いものだろうか。26歳にもなると、選ぶべきポイントについては何もかも選びつくした気にもならなくはない。

 

26歳までにいろんな選択をした結果、残りの人生はその選択に導かれて生きていくような気もする。26歳からなんの選択もしない人生、もしくは、26歳の時までに決めた方針だけで、RPA的にいつも同じ選択を繰り返し、選択することに楽しみを見出そうとしない人生は、悪いものだろうか。

 

大人になっても子供みたいな信念を口にする人のことを周囲は否定したりするが、そんなこといいではないか。他人から見た自分の姿が変化しているか否かなど、さして重要だと思わない。そういう考え方はわるいだろうか。

変化しない人のことは尊敬しないとか、いうけれど、子供のころからの信念を貫いて×××みたいな話は好きとか、そんなの同じ振る舞いの裏表から見た表現の違いだけで、世の中のことは何でも裏表から見た表現の違いのように思える。ちなみに他人の評価は気にしないと言ってみたところで、自分でどう評価するかもその時々の裏表の評価の違いに過ぎなくて、結局自分自身の快不快について、快のほうに逃げるように、あとから理由をつけて頭を使って説明しているだけなんじゃないか。

 

もっとも、他人から見れば苦しいことでも、そういうことをするほうが快ととらえる人もいるのである。

 

とりあえず御託は別として資格を取らねばならない。そこで私は、繰り返すことが大切なのである。

 

湯沸かしポットの容量がいまいちなんで、マホービンにためておくようにしたい。こういうやつをそのうち買いたい。

 午前中は簿記をやって、夜はMOSの勉強をするのがいいかなあ。朝は起きにくいので枕を高くしてほとんど起き上がっているみたいにすると起きられるのだが、繰り返すと体に悪いのではないかと心配。

ごはんと今日分かったこと

夜ご飯をお茶漬けにしようとしたが、旦那がいろいろと作ってくれていたので、それを食べた。帰ってきたときは帰り道いろいろと考えてしまうので、何かヒリヒリしてもうやだーという感じだったが、ふろにも入って、がんばるぞ、と思った。自分はどうしてこんなやる気なさそうな感じの人間になっているのだろうか。当然やる気を奮い立たせるべき事態なのに。

 

私は知っているのだが、これは鬱という状況で、冬によくなるものなので、特段気にすることはない。次に転職する際には試用期間に冬が含まれないようにすること。

 

今日分かったこと

管理会計財務会計というのがある

 管理会計は経営企画の人とかがやっているやつ。自社の経営に生かすための会計書類を作る。財務会計は外部や利害関係者に対して公開するべきマストの会計書類とかを作る。財務会計をもとに、税金計算などを行う。

 

MOS資格はいろんな基本がわかるよい勉強ネタ

 関数の本とかひたすらやるよりMOSの勉強をしたほうがいい。VBAエキスパートもよい。

 

・簿記の勉強を続けていくべきである。6月には必ず簿記2級をとる。

 

 

MOS対策テキスト Excel 365 & 2019

MOS対策テキスト Excel 365 & 2019

 

 これかった。一緒に勉強する人はいませんか。

夜ご飯をお茶漬けにする

毎日定時で頑張って帰っても、20時くらい帰宅となるので、そこからご飯をかんたんに作って食べてシャワー浴びるとどうしても21時半とかなってしまう。そこから勉強するとなるとなかなかきつい。

なので夕食をお茶漬けのようなかんたんなもので済ませて勉強しようと思うが、うまく行くだろうか。もちろんお茶漬けと言っても、美味しいお茶漬であるよ。

人を肯定する

人を肯定することはとても大事であると言うことがわかってきた。まず、自分が望むようにならなかったときに「〜しない人なんですね、あなたは」というのではなく、「〜するんですね!」というような人のほうがまともであることが多い。まともというか、クラッシャーじゃないことが多いとおもう。

 

驚きをすべて不快と捉えてしまう人と過ごしていると疲れる。

 

相手が子供だったらと考えると恐ろしいではないか?

 

 

て、何が言いたいかというと、私はほんとに疲れちゃって家でグダグダしてしまうけどこれでは良くないということ。

祖父と父の葬式

祖父と父の葬式を思い出して、父の葬式は粗末で申し訳なかったと思った。

 

祖父に比べれば、自分はうち捨てるように父を送ってしまった。

 

仕事帰りにこんなことばかり考えているから、感傷的なままなのだ。

 

常に上の空だから、生きている人間の時間をうち捨てるように送ってしまうのだ。

 

早く帰ったら旦那が安心していた。結局人間関係はともに過ごす時間の長さでしか育まれない部分が多いと思う。

 

誰も彼もと育むことはできない。選ぶことが必要なのだ。

 

それにしても火葬を伸ばして冷蔵庫に入れとくのは馴染めない。

やる気とは

やる気というのは人には見えないものだと思う。やる気をはかろうなんてどうかしてる。

 

東京には何もかもある。

でも幸せが足りない。

人を活かし切ろうとする気概を持ちたいよなあ。

 

いま会社で働いていて、会社は規模拡大を目指してるけど、それとか支えられないでしょうと思っている。属人的なのは良くないと言うけど、それはそれとして、この人だからついていくと思えるリーダーはやはり必要で、それじゃなければそもそも、別に働かなくてもなんかの支援を受けて生きていけるだろう国で、あえて自分が働く意味なんかないでしょう。

 

そして履歴書に書くことを増やすために働いてる人ばかりの会社になって、自分の会社だと思ってる人がいない会社には、この人だからついていくと言うようなリーダーは生まれないんじゃと思う。

 

だからそもそもわたしは今の仕事にモチベーションないけど、自分のスキルも今は大してないから、ここでスキル磨かないとだよ。だけど世の中にはモチベーションある仕事で自分を磨ける人もいて、本当にいいことだなあと思う。