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いのちばっかりさ

その金字塔

明日から留学

  中国に行ったら大変な不幸に見舞われると思っている母に脅され続けているが、私は楽しみだ。常に不安にかられて、他人の不安も煽動しないではいられない母の居るこの世よりは、どこか違う世へ行ったほうがまだマシ感もある。そのほうが避暑地としてはずいぶん魅力的だ。いのちしかない自分を好きで居てくれる交際相手に悪いのでちゃんと気をつけるけど。そうまで言うなら一生懸命バイトをして一人暮らしをしたらいいのかもしれない。実際そうだ。中国から帰ってきたら一人暮らしするかもしれない。

 

 私は相変わらずいのちばっかりで他のものは何ももたない。自分には何もない。だからといって奴隷にだけはなりたくないのだ。

 

 朝早くの飛行機なので、今晩中に羽田へ行かねばならない。

 

 

留学すること

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 八月三日から、八月三十一日まで、北京語言大学に留学する。楽しみだ。情報をくださった方、ありがとうございます。

 
 とはいえ不安もある。 
 
 今まで勉強というのは、より良い将来のためにするものと思ってきたが、案外差し迫った環境の変化のなかで自分が安全に生活を作っていけるのかと言う不安のためにこそ、激しく勉強するのかもしれない。そう思うくらいには頑張って中国語の本を読んでいる。
 
 もし人が、より良い将来のためと言うよりも差し迫った不安のためにこそ一生懸命になる、というか差し迫った不安のためにしか本気でやらないのだとすれば、日本の若者は国内では比較的親切に守られているので、成長の機会が限られていると感じた。
 
中国留学会話百科―留学準備から帰国まで

中国留学会話百科―留学準備から帰国まで

 

 

  この会話百科には留学する人にとって必要な会話のサンプルがたくさん載っている。
 

誕生日と証明

 Facebookを見るのがつらくなった。

 みなが人生について何らかの仮説を立て、その仮説を立証するために行きているかのように見える。

 

 自分の仮説に反する事象は捨ててしまい、立証に有利な事象だけを拾い集め、まるでそこにはそのように有利な事象しか存在しなかったかのように振る舞っているように見える。

 

 私は不安定な人が好きだ。不安定な人たちは、自分にとって有利でない、自分に矛盾を引き起こす事象が存在することをむき出しに表現している。苦しみ、確かなものを見いだせず、仮説を立てることが出来ないでいる。それが普通の姿だろうと思う。

 

 誰もが自分の仮説を証明する途中で、または証明しきって死ぬのなら、残された証明に何の意味があるだろう。その閉じられた目で探し求めるものは、なんなのだろう。

 

 

柳宗元の江雪 

関西吟詩文化協会 漢詩紹介<中国の漢詩>

無力は捨てて就活へ?

 これ見よがしに無力な態度をとって来た自分も(本当は無力な態度をとっていたわけではなくて本当に無力なのだが)、ついに就職活動を始める頃合いとなりました。とはいえ、就職活動はとても難しい。何が難しいかと言えば、

 まず、たくさん人に会う。面接もそうだし、OBの人たちに会っても話を聞くというのも重要なことだ。毎回げんきに人に会いに行くのはたいへんである。

 私の存命である唯一の親は、帰国子女であり、なかなか無茶ぶりの就活をおすすめしてくれるが、勧めてくれるだけで何か教えてくれるわけではない。しかしそもそも一世代前の就活を手本にして、その子供が就活をするなんておかしな話なのかもしれないのだから、別に気にしていない。けれどもそんなことを言われ続けると疲れるよということは常々思う。すべてにおいて「どうしてこうしないのか?」という調子だから、なんだか言い訳を求められている気がしいて、言い訳なんかしたくないので、普通に話していると、心配で見ていられない、とか、抜けてるとか言われ、しょんぼりするはめになる。もっともこういう風にしょんぼりさせられるこには慣れていて、本気で何か悲しいいわけでもない。


 おっと愚痴を言ってしまった。


 月曜日には大学のキャリアセンターへいって、OBを紹介してもらえるか聞き、紹介してくれるならしてもらい、してくれないならどこでしてくれるのか聞き、OBに会って、どんなことをしておくといいのか、インターンはないか等聞こう。その他にも月曜日は予定が盛りだくさんだ。

 働いている人たちに祝福を。

 

二十代前半で初めて異性とつき合いはじめたらこんなことを思った。

 まず、男性と一緒だと夜道とか海外とか、一人で居る時より恐怖なく歩ける。なんだかんだ言って女性一人では不安が多く、行動範囲が狭まるようだ。あと、旅行に行ったりして、相手も同じものを見て感じていると思うと、もっと真剣に見たり感じたりしようと気をつけるようになる。加えて、付き合っている人が居ると、自分の将来について、親でも友達でもない人と話をすることが出来る。とりわけ親が少し問題ある人である場合、そういう存在と話を出来るって言うことはとてもいいことだと思う。それにどうでもいいことだけれど、友達がしている恋愛の話に加わることが出来る。加わることの出来る話題が増えるのは嬉しいことだ。

 

 彼氏が出来て悪くなったなと思うところもあるが、たとえばそれは、自己研鑽に務める気持ちが緩んだということ。気をつけねば。

巴金とその妻の書簡集『家書』を訳すこと

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 中国の文学作家である巴金と、その妻の間に交わされた書簡を集めた『家書』という本を手に入れたので、これを自分の力で訳しあげてみようと思う。途中で別の邦訳が他者によって発表された場合にも、これを訳すことをやめないで、訳しあげてみようと思う。

 

 他の邦訳が発表された際には、それを参照するか、しないか、少し悩むところだが、そのときに決めればいい。私はこれを自分の鍛錬と思ってやることに決めました。この課題が私のだめなところを正し、しなやかな人間になる手助けになると思う。

 

 まだこの本をほとんど読んでいないので、まずは覚束ないながらも、通読してみたい。拙い訳であっても、ここに残して、また将来きょうこのごろの日々を確かに思い出したいものです。

 

 巴金の『家書』については、下の論文(『巴金「成都日記」について』)等に少し書かれています。そのうちこのブログにも書きますが、ご興味ありましたらぜひ。

 

 

 野間信幸『巴金「成都日記」について 

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/rb/615/615PDF/noma.pdf#search='巴金+家書':image=http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/rb/615/615PDF/noma.pdf#search='巴金+家書'

 

 巴金の作品

寒い夜 (岩波文庫)

寒い夜 (岩波文庫)

 
家 上 (岩波文庫 赤 28-1)

家 上 (岩波文庫 赤 28-1)

 
家〈下〉 (岩波文庫 赤 28-2)

家〈下〉 (岩波文庫 赤 28-2)

 
憩園―小説 (1953年) (岩波新書〈第141〉)

憩園―小説 (1953年) (岩波新書〈第141〉)

 
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歩数計を買うと

 歩数計を買った。

 大学へ行くのがだるいときは多々ある。昨日も頑張ったじゃないかとか、今日もまた頑張るのかとか、なんのために頑張るのかとか、なんか後ろ向きになっているときはそんな感じ。

 

 そこで歩数計を買った。

  

 

 Androidスマートフォンをもっていると、この歩数計で取ったデータを同期して、ダイエットの計画を立てるのを手伝ってくれたりするらしい。ただ私はAndroidスマートフォンを使っていないし、正直に言えばスマートフォン使用者でさえないので、そんなすごい機能は全然つかえない。

 

 それでも、歩数は計れるし、いくつかの情報を入力すれば、この歩数計単体でも、脂肪燃焼量がグラムで表示されるのを確認することが出来る。

 

 これを見ると、「昨日も何か疲れた、今日もまた疲れた」、というのではなくて、「昨日は何歩歩いて、今日は何歩歩いている」、というふうに、歩数を基準に自分の活動量を見ることが出来る。それはなんとなく心にいい。もちろん毎日の疲労具合を決定するのは、歩数がすべてではない。でもなぜかそんなにどんよりしない。「今日は歩数で言えば昨日よりは歩いていないんだ。だからちょっと贅沢した。」と言って精神的貯金をつくる。「今日はこんなに歩いたのだから、これまでより体力を使ったわけだし、餃子を食べよう。」とか、そういうふうに寄り道したりする。案外いい薬だ。

 

 私は毎日だいたい、一万千五百歩ほど歩いている。もしもっと時間が会ってお金持ちなら、中華の食べ歩きをすると思う。