いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

ゆきー

 できなかったこと1、昨日夜七時から今日朝四時までねこけていて、母とご飯を食べることができなかった。

 

 できなかったこと2、四時に起きたが六時までちゃんとした予定を立ててなかったから有意義に行動できなかった。でも正直四時に起きれただけで十分すごい。

 

 できなかったこと3、母が7時半に出かけるから早く帰ってきてと言ってたのに、9時半と聞き間違えて帰るのが遅くなってしまって一緒に食事をできなかった。今度から言われた時刻を復唱してメモにとって確認すること。

 

 できなかったこと4、

 メガネをかけないで散歩に行ってしまった。ふらふらして一時帰宅してメガネして出直した。雪の上に寝た。メガネをかけ忘れないで出かけることができなかった。

 

 できなかったこと5、先生からもらったメールの意味がよくわからなかった。身バレ防止のため内容は伏せるが、もし〜〜なら時間取りますので面談しましょうという内容で、しかしわたしは〜〜ならというシチュエーションが具体的にはわたしの場合どういう状況を指しているのかわからなかった。よく考えたら今までもこんな風にメールの内容がよくわからないことがあったのだが、これはASDの問題なのだろうか。そうかもしれないと思ったので、支援室の人にそのメールを転送して、これはどういう意味かと聞くことにした。自分的にはこのことに思い至って結構虚しくなった。とか言ってる場合じゃないけど。

 まあそこで困ってることは、支援の方で働いている人とかも結構発達障害的な人がいるってことなのだ。だからこれを聞いて返ってくる答えが正しいのかよくわからんのだ。とおもったが

 結果としては的確なアドバイスをいただいた。あーそういう意味かと言われてみればそうだとおもった。いままでこういうのはなんの意味だろうとおもってトンチンカンなことでも返して返信を待つという感じだったが、これでミスしたことも多いだろうとおもった。なんか「わたしはちょっと鈍いだけだわー」とか「みんな抽象的なこと言いすぎなんだよ」とか思い込んでごまかしてたのですがいい加減これはやばいだろと思いましたね。自分はASDだと認めたい気になりましたね。もしかして授業聞いても理解できないのは、聴覚処理能力が悪いというのもあると思うけど、自閉症スペクトラムだから文脈が読めないのかもしれないとおもった。NHK朝イチで発達障害のことやっていたんだってね。

 

  できなかったこと6、そういえば昔から小説を書こうとおもっても一人称の小説しか書けなかったことを思い出した。今の私もストーリーを考えようとおもっても一人称、そして自分が体験したことしか思い浮かばない。

 

 なんでこんなにできないことばかり書いているのか、凹まないのかと言いたいとは思うけど、結構凹んでいる。と言うか凹んでいるという字が可愛すぎて何回でも凹んでいると言いたい。凹んでいる。

 

 こないだ部屋を掃除しかけていたのだが(私はいつも掃除を完成させないので、掃除に関しては、掃除をしかけていることしか人生に経験がないのだが)思った以上の量の本が出てくる。資料もわんさと出てくる。教職をとっていた時(教職をやってる途中で体調がおかしくなり断念した)、授業を作って学生仲間を生徒に見立てて模擬授業を行うというイベントが毎週あったのだが、これが私は結構好きだった。もちろんみんなの前に立つまではすごく緊張するし必死で泣きそうになりながら準備するのだが、これが結構好き。そしてその準備のために今見返すと異常と思えるくらいのたくさんの資料や本を読んだ。当時どうやって睡眠時間を確保していたのか。法学部の勉強も並行させてどうやってバイトもやって生きていたのかわからないくらいだ。クラスメートはあんまり資料の量は読んでいなかったけれど、でも教育学部の他の学生に混じってやった感じでは、周りの学生は法学部の学生に比べて資料を読むことを楽しんでいたし、自分の将来の仕事に直接つながるというやりがいを持ってやっていた。私はそんな雰囲気が好きだったし、授業を作ってこき下ろされても、自分は向いていると感じていた。毎回授業の感想をみんなに書いてもらうのがきつくて、きついけど見ていて勉強になった。

 

 まあ今見返したらどう見ても資料の量が尋常じゃなかったので、どうやらこれは私が一つの資料だと内容が理解できていなかった証拠だなと思った。そういう感じは当時から受けていた。思えばどんなに容易なことを勉強するにも三冊以上の本で勉強してきた。のろいのである。でもいろんな資料を見たので、私の授業は楽しかったし、先生も知らない資料を引いてきたりした。論文も引いてきたりした。たぶん本当に中学生や高校生が聞いても楽しい授業だったんじゃないかと思う。そのことを思い出すと、またいつかは教職とりたいなと思うのであった。これから社会に出られるのか知らないが、出て行って学ぶことも全てがいつか教職をとった時には生徒のためになると思うと遠回りになってもいいことあると思える。やっぱり教育現場には法律を知って子供にそれをちゃんと教える人が必要だと思うし、だから私はここで法律の勉強は向かなかったと思っても諦めないで続けていこうと思う。結局大学に失敗して、大学に入った時と同じ意思を取り戻したというか、やっぱり正しかったんだと思うようになった。法律は私のような向いていない人には知るのも大変なことだけど、そういう人のそばにもなくてはならないものだろう。

 

 これは認めてもいいと思うのだが、 私は努力家だった。けど法学部の授業はその努力で進めていくには多すぎ、早すぎた。わたしには体力がなさすぎ、障害は辛すぎ、時間は足りなさすぎたのだ。私みたいな人間が勉強を満足にできないことは国家の損失だと思う。頑張ってたし。ただそのやり方があっていなかったし、合わせようとして疲れすぎるべきではなかったのだ。でもそのことに気づくためにはここに来なくてはならなかった。てな感じ。

 

 関係ないんだけど、法律時報というサイトで法律関係の雑誌とかを読めるんだが、それを大学が契約内容やすいやつにしたようで学内からしか見れなくなっていた。ほんとありえない。そうするならすると言って欲しかった。

 

 なんか午前中手に力が入らなくて背筋も伸ばせなかった。ヨガをした。そのあと落ち着かなくなって何も集中できなくなった。目がキョロキョロした。生姜の入った紅茶を飲んだ。信頼できる人と電話をした。ダメだどーしよもない。明日試験なのに。3時半くらいになってやっと座って作業できるようになった。これってどうにかしようと思ってもどうにもならないの。はたから見てれば何やってるのという感じだと思うけど。もしかしたら耳栓しなかったのか、久しぶりにグラノーラなどというものを食べたことか、もしくはもらったクッキー食べたことが原因かもしれない。人間ってこんなにいろんなことをするので何が原因かわからんよ全く。

 

 あ、そうだ

shade.hatenablog.com

 ゆた(id:SHADE)さんが新興宗教作られましたのでよろしくお願い申し上げます。「猫もふ教」。

 

giveus.hateblo.jp

 私の作った「やさいたべる教」もよろしくお願いしますね。

 

 雪が降って交通とか思うようにいかなくてよかった。こんな風に雪で思うようにいかないことが増えればいいよ。なんでも予定通りに行く世界なんか、私には生きにくいんだからね。その予定通りってやつを予定することが私には困難なのだからね。

 

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わたしが寝た跡

 

 

あー、なんつって。お百度12/100