いのちばっかりさ

生きている記録。生業。通信制大学。天平の甍、生の短さについて、狼煙

生きたいという気持ち

今まで死にたいという気持ちとか、死にたくないという気持ちは入れ代わり立ち代わり自分の中を往来していたのだが、生きたいと思ったことはなかったように思う。

 

コロナ禍で私は死にたくないと思うし、こんなところで死にたくないと同時に、生きたいと思っているのではないかという新感覚を味わっている。

 

生きたいというのは能動的な考えであるが、そう思うと同時に日常の行動はむしろ消極的に無気力になっている。

 

死にたくないと思うとき、行動は能動的で本能的で、思い切っていて、つよい。

 

生きたいと思って行動することで、将来生きられないことを招くのではないかと思っている。

 

仕事終わりに岡田斗司夫風立ちぬについて考えている動画を聞いた。