いのちばっかりさ

生きている記録。生業。通信制大学。天平の甍、生の短さについて、狼煙

うーん

結局すぐに人は病気になって死んでしまうと思っている。いくら仲良くしても、いくらお互いを幸せにしようと思っても、健康で生きられる時期は少ない。それはホント仕方ない。もし病気の種類によっては、すごい苦痛で冷静に話会えないかもしれない。この今の時間は例え難く貴重で、たとえ世の中に疫病が流行っても、仕事をもし首になっても、そんなことに惑わされてはいけない。もっと記録を。もっと時間をと求めたい。

 

時間があたえられ、それを過ごしているというだけでありがたく感じる。本当はもっといろいろなことを書きたい。それが面白いかどうかなどどうでもいいことだ。

 

昔は書いても書いてもまだ自分の中に秘密が発酵して成長していき、秘密が大きくなりすぎるがためにまた日記を書かなければいけないというふうだった。今は仕事をしているので、秘密は大きく育つ時間がない。けど大きく育たないということで、今度は書いて大きくしてやらなければと思う。

 


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まだ日本人が車を持ち地方へよく遊びに行けた頃、別荘というものを持っていたらしい。自分の住居から離れた場所に人が住める家をもう一つ維持する今期と体力、財力と心の余裕に感動する。