青竹踏みを買ったとき、あー自分は定住したのかなと言う気持ちがした。旦那といると永遠を想定した安定した生活というのを信じたくなる。そしてこの家が自分の家ではないこと(借り屋だから)、そのうちこの思い出の建物に入れなくなってしまい、違う人が住むようになることが悲しくなる。
祖父の形見のちゃぶ台(祖父が作った)ともうひとりの祖父が買ってくれた勉強机を使っている。
きっとテーブルの類を買わない放浪者のような自分に、前もって与えてくれたのだろう。みんなが死んで、男がくれたものだけは残った。女がくれたものは何一つ手元に残っていない。女がくれたものは技術だった。身につくものばかりだった。欠乏の概念だった。私はこう暮らしたけどあなたはどうするのかという後ろから追いかけてくる光だった。問だった。