いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

なにかの専門家になりたくない

これは逃げかもしれないのだけど、なにかの専門家になりたくない。専門がほしいのではない。生活がほしい。専門をつくるというより、家があって、その周りで役立つことなら何でもやるというような働き方のほうがあっていると思う。

 

専門を持って(例えば「私は経理です」「税理士です」「弁護士です」)役に立つかわからないことにまで働くのは嫌だ。

 

 

昔から家族がそこに住んでいて、これからも住んで良い家がある。そんな生活が私にはない。住んでいる家は賃貸で、住み続けるために時給1,000円なら75時間働かないといけない。子供を作るなら家族がいる場所で家を持ってあげたいと思う。

私は生まれて一度も家というものを自分のものだと思ったことがない。東京では結構こんな人がいるのではないか。

 

旦那は実家にかえれば生活がある。私のような根無し草にしてしまいたくないと思う。給料は別に悪くてもいいから帰ろうかなあと思ってしまう。私にはほんとうには故郷がないので、旦那の実家が私の故郷になっている。

 

でも一方で何も能力もないのにノコノコ行っても受け入れてもらえないだろうと思う。建築学校に行って、田舎でも使える力をつけたい。