いのちばっかりさ

生きている記録。生業。通信制大学。天平の甍、生の短さについて、狼煙

暦モードで見ると自分がたまにブログをかけていないんだなと気づいた

いろいろ思い詰めていることなどあると、夜になるともう疲れており、寝たら朝が来たみたいなことが度々あって、毎日書いているつもりなのに、書いていない日があった。1月は8日も書いていない日があった。悲しい。毎日書いているつもりだったのに。

暦モードというのははてなブログを書いている人なら使える機能だ。これまで書いてきた過去年の同日のブログなど読めるので、面白い。

自分は建築学校に行きたいが、そのことを上司に話すのは勝手だと思う。だって仕事は経理で、建築は全く経理に関係がない。けど夜間建築学校にどうしても行きたい。経済的にも時間的にも限界を極めることはわかっているがどうしても行きたい。なぜここまで自分が心離れられなくなっているのか説明できない。自分でもわからない。でも医者になりたいということと、弁護士になりたいということと、教師になりたいということと、家をデザインしたいということは子供の時からずっと思っていて、そのどれかが強い思いというわけではなくて、すべてに必ずやなりたい。多分一つの職業に絞ることはすごく危険だと思っていると思う。アルバイトなどでも一つに絞ることは絶対できなかった。体が勝手に二つ以上の仕事を探してしまう。とはいえこんなになりたいものがあるのに、今はなりたいものとは全く違う仕事をしているのをおかしく思う。

いろんなものになりたいけれどでも一直線になりたくはない。器用貧乏にもなりたい。まっすぐにいきたくないのだ。その一環として結婚した部分もあると思う。

一人の人生は素直にまっすぐにいきすぎる。言い方を変えればすべてが躁鬱の総状態の時に振り切れてしまい、私自身の心は置き去りのまま社会的身分が進んでいってしまう。

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暦モードで見た感じ

人生が短いかもしれないことにすごく恐怖を感じる。今は何もかもやりたいけれど、すごく体がついていかない。私はコロナで死にたくないなあと毎日思っている。旦那も死なないでほしい。どんな生活をしているときにも私のそばにいてほしいし、私の生活について感想を言ってほしい。感想を交換して、方向を二人で考えたい。

 

旦那のお母さんに電話をしたら、やくざみたいな土地売りに騙されそうになったことがあるという話をしていた。「県外のあやしげなよくわからない不動産屋」と言っていた。県内の有名な不動産屋でなければ買わないと思うようになったと話していた。こういう面で、県内の有名な不動産屋にも需要があるのだろう。その話のさらに面白いのは、土地購入の手付金120万円をきっと返してもらえるはずだということを数多くの旦那のお母さんの兄弟の中で兄貴が知っていて、それを聞いて姉二人もお母さんと一緒にやくざの不動産屋の事務所に乗り込んで、手付金を返してもらったという続きがあるところだ。すごいと思う。兄弟が多いときっと誰かが自分の知らないことを知っていて、数でものを言わせて一人ではできないことも成し遂げてしまうということがわかる。兄弟が10人とかいたほうがいいと思う。仲がいいとか悪いとかは関係なく、兄弟が多いのはいい。私も10人は無理だけど5人くらいは子供を作りたいものだ。

 

この話のさらに面白いのは、今お母さんが住んでいるその土地ももともとは「県外のあやしげなよくわからない不動産屋」が買い上げて売った土地だったというのだ。その不動産屋のモーレツブルドーザー張りには驚く。この辺一帯ずいぶんやったみたいだというのだ。そして最後には詐欺まがいの仕事っぷりが周囲に知られ商売ができなくなってしまったというのだ。おもしろすぎる。

 

これからもっとブログを書いていきたい。