いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

元気

睡眠に失敗している。除夜の鐘聞いている。今年はどうも旅行に行くのもできなかった。来年もよろしくお願い申し上げます。

 

追伸

考えることがたくさんあり、時間を要する。

にもかかわらず、今読んでいる本が考えることに必要な気がして、時間を読書に費やしている。それはそれで一定の思考の型を与えてくれる気がする。

 

ある人が仕事というのは部活のようにやればいいんだとわかったと書いていたのだが、私は部活らしい部活をしたことがないので、それがどんなことなのか、よくわからなかった。どうも私が苦手としていることは、私の何となく想像する部活みたいなこと(反復練習、朝早く通う、夕方までとどまる、上下関係など?)と重なっているので、私は部活をちゃんとやっていれば今苦手なこともできるようになっていたのではないかと感じた。

 

近所に朝5時から座禅を組む場所があるらしくて、それにかよったら私は部活の気持ちを身に着けられるのではないかと思っている。そういう経験はするべきなのじゃないかなと思っている。思うに私の精神と感覚はわがまますぎる状態なので、肉体を飼いならせていない。だから、部活みたいなことをするべきだ。とはいえどもいざそれを思うと、なんか宗教染みていて怖いし、家で何かすればいいんだと思う。

 

食事はいいものを食べたいと思っていて、それは私がまだ成長したり学んだりする必要があるので、体をよく保つべきだから。あとお金は支出を抑えるべきであって、大体月の支出は14万円に抑えるべきであって、なぜならそれは、給料が下がっても無敵の人でいるためで、そんなことに心を乱されないようにするため。