いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

指輪について

 わたしの母はカルティエのオーダーメイドの結婚指輪をしていた。わたしはその指輪が好きで、さらには父がオーダーメイドで作った婚約指輪も好きだった。結婚指輪はシンプルなものだったが、婚約指輪は金地に赤い石が埋まったもので、センスが良かった。

 

 とは書いたものの、父は若い頃母にいろいろなものを送っていたから、もう見ることもなくなった今となっては、どれが婚約指輪でどれが結婚指輪なのか、確かに覚えてるとは言い切れない。就活して思うんだが、一体どうやってあれらの資金を捻出していたのだろうか。

 

 わたしは初めて自分に指輪を買おうと思っている。それは職場での様々な面倒に備えるためでもあるし、わたしとだんなが喜ぶためでもある。

 

 指輪を探すなかで、わたしはいつの間にか意図せず、両親と同じレベルのものを求めている自分に気づく。わたしをあらゆる面で翻弄した人よりは良いものを持ってやろうという考えだ。

 

 それはおかしいし必要ないじゃないか、と思ったけど、また同じことを考えてしまうからここに書いておくことにした。

 

 意図せず子供の頃一時期食べていた豪華なものを買って食べている自分を見出すことがある。そうすることで、わたしはまだまだ落ちぶれていないと思い込もうとしている。

 

 ここに書いておくが、そういうことは必要ない。わたしはわたしの人生を生き、わたしの経済的水準で幸福を謳歌すれば良い。過去にとらわれる必要はないし、自分の親と同じことをしたくもないくせにしなくて良い。(しかも両親の幸せは結局終わったのだし。)親から見て落ちぶれた存在になろうと成功した存在になろうと構わない。だんなを幸せにでき、わたしも幸せであればよい。

 

 よい家に住まなくてよい。高い保険に入らなくてもよい。山しか見えない駅に住むのもよい。お弁当付きの人間ドックをうけなくてよい。ただふたりで茶を飲めればそれでよい。お互いの幸せを大切に思えればよい。

 

 

金精軒の信玄餅をいただいた。桔梗屋のしか食べたことないので食べるのが楽しみ。腕時計を買った。カシオのチープなやつ。千円くらい。文字が見やすいから買ったが、見やすくても時間を守りやすくなるわけではない。渋谷の未来を考えるとかいうイベントに参加した。余裕の高学歴の人が湧いていた。五千円もらった。馴染めぬ。

 

就活を続けているが、もうエントリーシートを出しても連絡も来ない。

 

なぜか使えなくなってるプリンターをまた使えるようにしたい。

 

なるべく不必要に愛情や執着を感じないようにしないと。家を出て働いていくんだぞ。