いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

よく考えることが足りない

よく考える時間がない

今の感覚

 

 

人生はなんのためにあるのか

〉人生の意味を考えたり感じたりするため

〉死ぬことを楽しむため

〉本当に考えるべきことと、そうでないことを見極めて、本当に考えるべきことを考えられるようになるため

〉何かの記録を残すため

〉何かの希望を残すため

〉何かに虐げられない方法を後世に残すため

 

仕事はなんでするか

〉普遍的なものを見つけるため

〉同じ人と長時間一緒に過ごす経験をするため

〉誰かのために行動する経験のため

〉耐える経験のため

〉一般的な苦しみを味わうため

〉お金を稼ぎ一般的な暮らしをするため

〉知識を身につけるため

〉一般的な楽しさを味わうため

〉一般的な悩みを味わうため

〉良い教員になるため

〉良い記録を作るため

 

 

このようなことを考えた見て、良い記録を作ることを、思いのほか望んでいるということがわかった。そしてそれは一般的であればあるほど良い、普遍的なものであればあるほど良いと思っているようだ。

 

考える時間がないと感じていたのはちゃんとブログを更新していなかったからだった。そのことに気づいた今日また同期が辞表を提出した。この時代になっても辞表とかいうものを提出しているのは、この会社の工場労働者はお互いに社用アドレスを知らず、また持ってもいない上に、ほかに知ってるのはLINEとかしかないので、これはちょっと辞意を示すには簡単すぎたのだ。