いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

教育

社会人として生きることがつくづく難しい。自分ができないことをできるとは言ってはいけないのかもしれない。でも人間できないことに挑戦した方が多分いい。後これは直接言われたことなんだが自分の机の前に立っていると遊んでいるかのように思われてしまう恐れがあるので座っていなければいけないらしい。上司は自分の考え方に裏付けを揃えなくても部下に言うことを聞かせることができる。何回も疑問を提起することは反論しているのと同じなのかもしれない。私のことをもう何歳なんだから社会人としての常識をうんたらかんたらのと説教する。総合職として雇われたのに何故か事務員的な感じで使われている。自分がやってる仕事がどこからってどこまで届くもんなのか誰も気にしていない。理屈とか気にしていない。私は自分の不甲斐なさが辛い。こんなくだらない入力作業を自動化できない自分がむなしい私はつくづく私のことをもう何歳なんだから社会人としての常識をうんたらかんたらなどと説教する。総合職として雇われたのに何故か事務員的な感じで使われている。自分がやってる仕事がどこから来てどこまで届くもんなのか誰も気にしていない。理屈とか気にしていない。私は自分の不甲斐なさが辛いこんなくだらない入力作業を自動化できない自分がむなしい私はつくづくめでたく生きて来たのか。 ITにも恵まれた世の中からやってきたんだなぁと感じる。でもここでは自分で作らなければいけないんだそうしなければ無駄な時間を過ごすことになるのだ。私はこの会社を世界で戦える会社にしたいというかできたら楽しいと思う。でも現実は仕事が早く終わっても就業時間のベルが鳴り挨拶をするまでは荷物を片付けてはいけないしパソコンをシャットダウンしてはいけない。ポーズだけでも待っている姿勢。

 

パソコンは中古すぐフリーズする。ここにいると悪いいみでじしんがなくなるかも。