いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

家にこもる

家にこもりたいと思った。19日になってしまった。考えることが山積みというか、考えられないことが山積みというか。

生活とか、お金とか、子供とか、周りに合わせることとか、そういう全てが押し付けられた。けど全ての問題について、その問題を考えるときに使う全てのワードに違和感があって、反論があって、先に進めない。

 

旦那にちゃんと話せてないと思う。自分は鬱ぽくなりそうになったときに、鬱になりたくなくて焦って色々喋ってる時とかあるけど、よく考えたらその時喋ってることとか狂気の沙汰なのでいっそ電話切って黙ったほうがいい。1人になって鬱になってればいい。そうすれば人を嫌な気持ちにさせずに済む。

 

膝が痛くなったことが諸悪の始まりだったかもしれない。なんかそのときに下降気味な感じをすごく感じた。もうだめなのかもっていうのをすごく感じた。もしくはだんだんだめになっていくのかもという不安に囚われた。命の断面が見えた気がしてひたすらざわざわした。なんでいつも馬鹿みたいなことばかりやってるのかと思う。なんで終わっていく中でまた新しいことを初めて、また萎えた気力を試してがっかりして、なんで新しくやりたいのに、だめな理由を探してしまうのかと。

 

こういうことでしょ?こういうひとでしょ?と言われるけど、そんなんじゃないし、そういう解釈より自分の意見だけ言ってくれればいいよ!と思ってイライラしてしまう。これがそういうことなのか、じぶんがそういうひとなのか、自分でもわかってないし。

 

今までの自分が死んで、新しい自分が明日始まるみたいなこと、多分やればできてしまう。その都度何も残らないだけで。でも何も残らないのは誰にも見えないのと同じじゃんと思う。普通の家庭とかほんとふざけんじゃねぇよというか、毎日同じ人と机を並べて仕事するのがもう嫌だし、毎日子供のこととか話されても、それを普通の意味で理解できない自分がいるし、信頼とか共同体意識とか帰属とか、わからないし、この会社の色に染まらなきゃとか言われても、これまでの人生のどんな場面でも浮いてたから、染まるとか無理だし、そう言われても気にしなきゃいいということはわかっていても、そんなこと考えたこともないんだろうなと思って、なんとなく偉そうな態度を取ってしまったりとかして馬鹿だなあと思って、寝ようと思うのに寝られなくなったりする。