いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

オアシス

 小さな工場の管理棟で、出会ったのは運命だろうか。寂しい酒を飲んでは、その酒の相手と、結びつき合ったような気になっていたので。毎日何かの記録をつけて寂しさを拗らせて、この工場を動かしてきた。いつからか将来に夢見ている自分と、夢を見ていない自分が二人同時に歩き出し、その両方を生かし続けることができるようになってしまった。たまにどちらの自分でいる時にも、引きずっているもう一人を振り返らなければいけない気がしている。

 

 権力闘争的なものをしているとおもったら、牧歌的に今日の分析結果だけ書き込んで生きていける自分もいる。そんな朦朧とした日々の中である日突然出会ってしまった。管理棟の廊下で、愛想が良すぎて能面みたいな女に。突然それは目の前に現れて、決して悪いことを言わない、決して打ちひしがれない、決して人を嫌な気持ちにさせない、淡々と正義をなぜか実現していく、それがきてからなぜか会社は収益を増やし、ボロボロな工場がちっとも故障しなくなり、歩留まりは改善し、周辺地域の皆様に愛され出した。その愛想が良すぎて逆にブラックボックスの様相を呈している女は、別に見返りを求めるような調子もなく淡々とそのオーラで工場全体を守っているのだ。どう考えてもこの禍々しいオーラが工場を守っている。なぜか全ての場面でこの女が通り過ぎた後正義が実現されている。

 

 いま食堂で昼食にうどんを食べ終えたので廊下を歩いていると、その女が突然に右側のトイレから出てきた。くるっと振り向きこちらに歩いてくる。私はこの女が私とすれ違う時、私に正義が実現されてしまうということを悟った。