いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

虹色のアイライナーをつけた女

 虹色のアイライナーをつけた女は経理になりたかった。しかしことの流れは彼女を経理にしてはくれず、代わりに普通の事務職になった。そのことを思い出すたび、彼女の電話応対の声は鋭く尖り、一瞬の悲しみに研ぎ澄まされたつめ先がいらだたしげに電話取次メモをめくるのであった。

 

 虹色のアイライナーをつけている女は、その不思議に華やかな目をじっと斜め下に向けて書類に記入した。

 

 その女を東側から見ていた違う事務職の女は、給料が低すぎるために牛タンを奢ってくれる人など一人もいない職場を見渡し、人知れずこのフロアに「壊滅フロア」という名をつけていた。「壊滅フロア」というのはなぜか「地獄谷」を思い出させる名前なので、それを思うとその別の事務職の女は少し笑えるのであった。そのとき給湯室から何かを落とした音がした。それはいつもいつもいつもいつも「大丈夫ですか?」と事務職の女に言われたいがためにお茶缶を隔日で床に落とす営業の甲斐さんが、今日もお茶缶を落とした音と思われる。お茶を入れてくれもしないのに茶缶を落とすとは一体どういう了見よ、と二人の事務職は思って無視をした。