いのちばっかりさ

その金字塔/ 心で価値を生み出すこと 人生26年目

今学期のこと

 前学期は様々な失敗があった。まず授業にあまり出られなかった。就活もあった上、いつも具合が悪かった。基本的に常に蕁麻疹が出ている状況になり、毎日知らない人に会って自己紹介という意味のわからないループに苦しめられた。基本的に何かを冷静に考えている暇もなかった。

 

 今学期も様々な失敗があった。まず体調が悪かった。聴覚過敏の問題がとても強かった。今学期のはじめは大学のうるささにも耐え、大学近くの知るカフェなどの無料で滞在できる場所に行って待ち時間にノートをまとめたりして過ごした。しかしそのうちにカフェの音楽もうるさく聞こえてしまうようになり耳栓やイヤマフを導入した。しかし耳栓やイヤマフを導入してもうるさい。だんだんに鬱っぽくなってきた。図書館へ行っても空調や周囲のパソコンを叩く音がうるさく、しかも一番まずいのは空調のやり方がまずくていつも空気が悪かった。慢性的な頭痛に悩まされた。家から学校は1時間半かけないとたどり着かないので、往復で3時間、公共の交通機関と徒歩を組み合わせて移動しなければならない。この公共の交通機関を利用するのも苦痛だった。いつも満員の時間になってしまうか、そうでなくてもとてもうるさくて頭がいたい。

 

 出費も酷かった。アーレンシンドロームの検査や斜位のメガネ作りには保険が効かず、オワコン状態であった。

 

 本が読めない上に大学に行くのも辛い。朝起きれないどころか夕方まで寝ていることもあって講義には半分くらいしか出席できなかった。でも自分の中では結構頑張って出席した方である。講義に出席できないことがあると言うのは支援室にも伝えておいた。

 

 今学期から本格的に支援室などに支援を求め、障害の説明をしてきたが、話してもわかってもらえなかったり無神経なことを言う関係者もいて、かえって病んでしまった部分もある。

 

 単位を取るためには講義に行き、教師の言うことをノートにとって、毎回質問をして、そのノートをまとめて理解し、テストに臨むことが必要だ。

 

 しかし実際のところ講義に行くのも一苦労で、向いてないとしか言えない。どうすればよかったのかわからない。旦那をがっかりさせてしまうことが悲しい。正直自分の経歴とかはもうほとんどどうでもいいのだが、未来のビジョン的な話をしたのに、その手前でガツンガツン引っかかって卒業さえきつい。

 

 旦那のお母さんはここまで頑張ったんだからあと一年くらいかかってもやればいいとアドバイスしてくれていて、支援室の人もそう言っている。私は今学期かなり頑張ったと言うかこれ以上ないくらい大学に行こうと努力したし、大学でノートを取ろうと頑張った。けどその結果がこれだから、あと一年やったところで一体何ができるのかわからない。できたことに関しても、この状態でよくこれだけ単位を一人で取ってきたねなどと褒めてもらうが、自分が何を頑張ってきたのかももうよくわからない。記憶が曖昧だ。なぜこの何年も、人が当たり前にできるノートを取ると言うこともできないまま、大学生をやってきたんだろうか。聴覚処理能力がとても低いのでノートを取ろうとしてもミミズの破片コレクションみたいになるだけだ。パソコンで取ろうとするときもあるが、20分くらい経過すると指に力が入らなくなり打ち間違えが多発して意味をなさなくなってしまうことが多い。聞くだけで精一杯だが、聞くだけでも頻繁に意識がそれる。一つ一つの単語に過剰に反応してしまって意識がそれるのだ。これはなんなのかわからない。レコーダーで録音して家でノートを作成しようとするも、家に帰るともう音など聞きたくないし、頭も痛いし体が動かないし眠いし、レコーダーで聞くと大学で太刀打ちできなかった嫌な思い出ばかりが湧き出してくる。もう大学の音なんか聞きたくもない。それでも聞いてやっていると疲れて十分くらいでやめてしまった。

 

 体調がすぐ悪くなると言う問題がある。このまま大学を出て勤めて、体調を崩したらどうするのか。私は絶対に母には頼りたくない。母は私の自由を奪い束縛して、うつ状態に陥れる。とにかく一挙手一投足で私に関係ない責任を転嫁し、一挙手一投足で踏みにじる。かと言ってもし生活保護を申請するタイミングで、母がいることを持ち出されてそちらに住むようにと言われたら、それを断ったらちゃんと生きていけるのだろうか。どうして旦那の助けになろうと思っている私が逆にこのような目にあうのかわからない。

 

 自分の至らぬところがあるとどうしても思えない。向いていないと言うのはこう言うことなのかと思う。どんなにやれるだけのことをやってもその場の常識にさえ到達しないと言うのが向いてないと言うことの意味なのか。どうしたらいいのかわからん。

 

 薬を飲んでなんとかする潮時なのかもしれないが、どうしても医者を信じて脳に作用する薬を飲む気になれない。私の父は精神薬の薬害で死んだのだ。そのせいもあるけれど、もともとそんなに人の仕事を信じられない。整形手術などで自分の顔を外科医に託す人がいるがそんなこともよくやるなと思う。世の中にはそうそうひどいことはないと思い込んでいるのだろう。私にはわからぬ。どうしていいのか。そうすべきだとされていることが、本当にそうすべきなのか。

 

 いつになったら将来に進めるのか。いつになったらこんなちんけな悩みから解放されるのか。なぜちんけな悩みとわかっているのに今まだここにいるのか。機動力に関してはもうこれは完全に鬱で失われているんだなと思う。

 

 ああ、高校の頃の私よ、放送大学はいい学校ですよ。でもあの頃はこんなに苦しむなんか想像もしてなかったよね。なんだかんだ言って人並みだったもん。いやそうでもなかったか。高校卒業もギリギリだったし。いや、てか私放送大学の資料、高校の時に請求したんだけど防衛大学の出願書類と一緒に母に捨てられたんだわそういえば。

 

 なんにしろ本当に少しの選択が間違っていなければ、鬱ぽくは少なくともなっていないだろうと思う。自分の適正についてもっと真面目に考えるべきだったし、下界についてばかり気を遣っていた子供の頃に自分を把握しようとしていればよかったと思う。親にもわたしがどういう学歴を手にするかではなく、どういう環境でならやっていけるかを、わたしの主張を理解して欲しかった。自分のコンプレックスをわたしに重ね、要求しないで欲しかった。でもあの人だってわたしの今の状況を見て、十分痛い目にあっているのだ。

 

百度9/100