いのちばっかりさ

その金字塔/ 絶対自立(物語です)

失われた趣味

  私の両親はお互いが30歳になる少し前に結婚した。大学のゼミで出会い恋文を交わしニューヨークの窓を開けた部屋でデートした。そしていつか結婚した(オー、バブリー)。なぜそれを知っているかと言うと恋文を読んだから。正確には、読んだと思っているから。こんな風に書くのは妙かもしれない。けどその恋文が失われた。失われると、それは何回も読んだものなのに、最初から存在しなかったような気がする。

 

 この話はきっともっと言葉を尽くして書くものだろう。でも時間をかけて書きたくない。恋文は確かに失われたのだ。母が捨てたのかもしれないしそうでないかもしれない。ひょっとしてどこか違うところに?そんなこともありうる。

 

 私には罪深い趣味があった。両親のラブレターを読むというもの。一年に一度くらいしか読まない。家に誰もいない時に部屋を掃除し、床を綺麗にし、そこに座って一通一通読む。読んだ後は母の隠し場所に戻しておく。

 

 単なる好奇心とか、いたずらな心の現れだと思ってあまり深く考えてはなかった。そもそもそういう感きわまる感じの趣味を好むから。

 

 今日また読もうと思って探したけど、もう隠し場所にはなかった。あれは物だから、物は失われるのだ。不確かなものなのだとわかっている。

 

  でもなくなって気づいたことは、私があの趣味を心底愛してたということ。久しぶりに泣いた。私はだんだんよくないきがする。

 

  ある時期にある人たちが愛し合っていたとか求めあっていたとかのことは過ぎてしまえば他人からは見えない。私から見れば何をやりあって怒ってるのかよくわからなかった2人がある時期には愛し合っていたということが、私にとって非常に大切なことだったんだとわかった。

 

 それに多分こうも思っていた。両親は途中で間違えた。でも愛し合って求めあっている時期も確かにあった。私の場合には、間違えないで愛を守って行きさえすれば、きっと好きな人と幸せになれるし、きっとなって見せる、と。それは不可能ではなく、正しくやっていけばあのようにはならないで幸せに暮らしていくことができる、と。そして両親にも愛し合うことはできたのから、きっと私にもできる。そして手紙は、その愛があったことを確かめる趣味だったのだ。

 

 人の手紙を盗み読みしておいて、何を書いてるんだという話なんだけど。人の手紙を読むことはよくないことですからね。