いのちばっかりさ

その金字塔/ 絶対自立(物語です)

持ちすぎた。でも……

 家族、恋人、アルバイト、学校、将来、いろんなものを持ちすぎた。のかもしれない。そしてそのどれも、自分の命ほどは大切にしておらず、まだ私は「いのちばっかりさ」の状態に身を置いている。人生断捨離したならば、ことごとく捨ててしまい、平気で生きているだろう。

 

 しかし全部捨てて余分なものを持っていないことを一体誰に誇るのだ。その人生には方向性がなく、ただ生きているだけ。その人生はそんなに楽しいとは言えない。

 

寝すぎてしまった。もういいよ、勉強しよう。昔のように勉強すればうまくいくと思うことはもう全くできない。けれども人付き合いは苦手だしね。大学は卒業したいし。

 

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京都のドミトリー

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追伸

全部捨てられるのは、恋人も仕事も、それが自分自身の命じゃないんだから、当たり前だしまともだと思った。

 

何悩んでるふりしてるんすかなと思った。

 

関係ないが、コンビニの店長は人手が足りないらしく、時給のやすい時間もバイトに入ってくれという。私はあやふやにしている。とはいえ本気で頼まれれば必ず断る。というのは私は時給980円で家から徒歩10分の所で働いているが、この時点では通勤時間の短さと給料は、まだ許せる釣り合いのうちだ。これが時給950円の時間帯になると何が起こるか。私は時給950円では、客に理不尽に怒鳴られた時謝らない。1時間あたりたった30円の差だが、980円もらっていれば、1日の勤務のうち一回の理不尽な怒鳴りには親切に対応する。怒鳴りに親切に対応するというのもなんだが。さらに980円の場合はバイト開始10分前までに到着するが、950円では5分前にしか到着しない。それに私はこのバイトではそんなに多額を稼ぐつもりはないのだ。色々なバイトをしているのでね。

 

おそらく店長は30円が労働の質に無視できない意味を持っているということに気づかないので、ふつうに時給のやすい時間帯で働くことを勧めてくるのだが(その時間も入るよう念を押してくると言ったほうがいいかもしれない)、かえって店長の仕事を増やすだけになるので、頼まれれば断ると思う。