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いのちばっかりさ

その金字塔/ 絶対自立

年末家出/ はじめの一夜

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 自宅から祖母の家へ年末の挨拶に行き、とって返して山形へ。しかしお馴染みの遅延で山形にたどり着けるか不安である。そんな18きっぷ旅の車内で書いている。

 

 祖母に握ってもらった握り飯が美味しい。もし母親というものが握り飯を必要に応じて美味しく握り与えてくれるだけの存在であれば、私も自由というものにこんなに焦がれはしなかったであろう。つーか何故そのくらいにしといてくれないの?

 

 ちなみに祖母はまったくぜんぜん、握り飯を握り与えてくれるだけの人間ではない。猫かぶって優しくしているが、本心というか本体というか正体はひどい。

 

 山形には用があるわけではない。もちろん聞かれれば理由を答えたほうが説明が省けるので、友達がいるとか鳥海山が見たいとか、気になる企業がありまして、とか色々答えている。どれも冗談で、本当は移動したいというだけだ。移動している間、私と利害関係にある人間は誰も私を把握できない。たぶん。実はそんなところに本当に欲しい自由などないのだが、家にいるよりは彷徨っているほうがはるかに私の心にかなっている。だいたい正月に家にいようものなら、人口過密のせいで情緒不安定になり、今月末の試験の勉強など、今以上にできなくなる。

 

 電車に乗っていると、みな安っぽい素材の衣服を身につけているなと思う。私も安っぽい服を着ている。けど今はおっているパーカーは北京で買ったもので、これだけは安かったのに妙にしっかりしている。そのことが嬉しくある。

 

 いま福島を後にするところだが、福島駅では駅弁を売ってなくて、どうせ買わないけど見て見たいなと思ったので悲しかった。まあ夜9時だから仕方ないかもしれない。

 

 

 寂しさはまったくない。どうやら普通の人たちと親しい交流をもったことで、私は憎むべきものを肯定したいというヘンテコな欲求から解放され、完膚なきまでに打ちのめすことはしないまでも、絶縁しても構わないし、自分がかわいいんだから、自分の人生が大切なんだから、という考えを持つようになった。そのため旅の途中で家に帰りたくなることもないし、出かける前もなんの抵抗や面倒くささも感じない。あるべきところは放たれたように自由に泳いでいる。