いのちばっかりさ

その金字塔/ 絶対自立(物語です)

その間

 4月1日をもって大学に復学した。結局のところ、五年生までやらなければならないだろう。それについては耐え難い苦痛を感じる。私はこの生温い場所から出て行かなければならない。昨日久しぶりに大学へ行って強く感じた。ここにはなんの挑戦もない。だれもが惰性で教え、仕事をこなし、反対側から学生も単位を取るために本を読んでいるだけだ。人生は、こんなものだろうか。

 

 ブログを書かない間に、父が突然死に、私は自分も父くらいの歳までしか生きないかもしれないと、もしくは明日突然死ぬかもしれないと、それを非常に身近な可能性として感じた。私は人生を、こんな風に行きていていいのだろうか。私は大学に居ることで、今まで私になかった何かを得ることが出来るだろうか。出来ないと感じる。私はこんなふうに人が多いだけの場所で食べ物を消費し、何かを生み出すことも出来ず、ひたすら安定した仕事に就くことを目標にすることなんて出来ない。なぜなら、私には失うものがない。私は本当は失うものがないにも関わらず、何かを失うのが怖い振りをして、この人生を濁らせているのではないか。

 

 あたしは大学に居るべきなのかもしれない。しかし「べき」とはなんだ?皆どうせ死ぬのに。私は正しい生き方がわからない。どんな生き方をすることになっても、それを良いとするか悪いとするかは評価に過ぎない。その評価は人生そのものではない。人生は、人生によって変化していく、この私の人格の中にある。この私のこの人格のためにある。