平日の昼前に私は書店での仕事に出掛けた。早めについたのでぶらぶらしていたのである。すると画家に出会った。その画家は財布から取り出したレシートの裏に絵を描いてくれた。何を書いてくれたかは内緒だ。
私には自分の未来が見えない。呼吸するように本を読み、思いがけない人に話しかけられる。人生は楽しく、そしてだんだんと所属を失っていく。所属を失っていくことは死への確かな行進のしるしだろうか。そして人に出会い、誰かの現実に引きつけられる。
左足が疲れてコーヒーを飲むのはいつものことで、そのたび相手はいたりいなかったり。今はただ不意に来た温暖な日を楽しむだけ。日が落ちてもなにか生暖かい12月11日それは今日の話である。
- 作者: 佐藤春夫
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2015/03/18
- メディア: 文庫
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