いのちばっかりさ

その金字塔/ 絶対自立

隣の席の子供が「くれ!」と言ったら母親が飲み物を与え、席に座らせ、パウンドケーキを食べさせた。

 電車に乗って席に座っていたら、とにかく自分が疲れていて、かつ腹減りに陥っているということがわかった。

 

 隣には小学生くらいの女の子が座っていて、可愛いお母さん(かつてかなり美人であったろう感じ)はその前に立っていた。このお母さんは子供に従属しているような感じで、子供が「くれ!」と言ったら「ああ、ごめんね」と言って飲み物と、細いケーキをあげていた。

 

 私は案外、他人に世話されている方が餌を与えられて貪っている獣みたいに見えるということを知った。

 

 私は表情を作れなくなっており、ひたすら無表情のまま座っているしかなかった。昨日風呂にゆっくり浸かりすぎたせいかもしれない。就職してからこのままではまずい。昨日まではニコニコしていたのに今日は完全なる無表情という人間がある人なりのデスクにいたら怖すぎる。

 

 ベルリッツに受講相談にいってみた。無料の体験講座を楽しむのは私の趣味であるが、今度は結構受講するかもしれない気でいってみた。

 

 ベルリッツの英語は、まずとっても高い。マンツーマンを売りにしているが、マンツーマンなんか受けられたものではない。

 

 私はビジネス英語なんか習ったことがないから、ビジネス英語なんかできようはずもないが、英語の面接対策をしたい。

 

 英語の面接対策とは何かというと、個人の意見だが、ビジネスライクな型で聞かれたことに対して、ビジネスライクな型の言い方で、言いたいことを答えられればいい。だから別にマンツーマンでなくてもいい。

 

 グループレッスンだと2ヶ月で20万円くらいらしい。高い。普通に働いてる社会人でも無理な額だ。だが結局体験するのは無料である。

 

 あまりにも高すぎるから私のように無料体験を渡り歩く人が現れるのである。

 

 ベルリッツの説明してくれたおばさんはマンツーマン以外のプランをとりたいというか体験したいというとめちゃ失望していた。そうかーという感じ。私の方も無表情で申し訳なかったが、本当に表情を作れなかったのだ。申し訳ない。たまにニコッとしてみるも、ますます変な感じになり申し訳なかった。

 

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 この前をいくひとのタイツいかしてた。

静けさ

 1人で家にいて、私以外はこの家に今日はもう誰も帰ってこないし入ってこないという夜。私は部屋を掃除する気になり、古くて使わなくなった布団を捨て、カーテンを洗い、雑巾を用意した。

 

 今日は静かな日だ。

 

 私は入浴剤を買った。

 私の暮らしを人並みにするティッシュペーパーやファンデーションのようなものも買った。

 

 いきなり私は生活を始めるかのようだ。このまままともになれそうである。

 

 母からたまにメールが来るが、彼女は島に遊びにいっているので、ソーキそばの写真とか海の写真とかを送ってくるだけだ。「いいね」とか「楽しんで」というだけだ。

 

 島の人と飲み屋で飲んでいます、という写真を送ってくるので見て見たが、母だけ明らかに浮いている。馴染めていない。母が北海道や沖縄や、アジアをたのしむやり方は私とは違う。私は母のやり方に心がごわついている。

 

 きっと母は馴染みにくい人なのだ。私はそうなりたくないと思う。どんなところでも、そこへ行きさえすれば、前からずっとそこにいたかのように扱われたい。

 

 喘息が再発したので、朝起きづらい。部屋を掃除したのはそのためもある。

 

 静かな場所があると、私は自分の生活を立て直すことができそうだ。父は音に敏感すぎるところがあったが、それは私にも遺伝しているようだ。

 

 そろそろ通院を再開しようかという気にもなって来た。

 

 静かだと物事を最後までやることができる。この気分を騒がしい時にも引っ張り出してこれればいいな。

どう考えても奇妙

 どう考えても奇妙だ。同じ年の人たちと一緒に行動していると、どう考えても私は彼らの中で1番疲れており、すぐ風邪をひき、ひ弱であるということがわかる。いかにも奇妙だ。

 

 これで血液検査にはなにも問題がないとは奇妙だ。脳の三分の一が腫瘍に覆われてでもいるのだろうか。

安くて美味しいバナナという食品

 バナナは果物コーナーで売っているが、こいつは芋みたいな茄子みたいな変な物ですね。バナナは一房100円から200円前後で、まずいバナナというものには正直であったためしがない。持ち運びにくいが、とてもおいしい。なぜ花見にバナナをもっていかないのか大変に疑問である。

 

 バナナの栄養価についてはよく知らないが、バナナには様々な糖が含まれているらしい。なぜに砂糖大根から作った砂糖はあるのに、バナナ糖はないのであろうか。まあいいのだが、とにかくバナナはおいしいので、昨日一房買ってきて一晩で一房食べてしまった。今後スーパーに言ったら必ずバナナを買う。

webセミナーとかネット説明会とかいう永遠に増えていく枝葉について

 ウェブエントリーとか、ウェブセミナー、企業から就活サイト上でもらう「ぐっとポテンシャルだとおもうぜ!」というメッセージやらスカウトやら、実際に参加する説明会以外にも無限に広がるかに見えるその就活の枝葉............。

 

 ウェブ社員座談会のページを開いて時間を待ちつつ本を読んで私は思う。「なんだかなあ、って」。社員座談会に参加してどんな人が働いているのを見るんだって、いうけど、そんなん比較的まともに見える人にだけ会えるに決まっている。ウェブ座談会は今日受けるのが初めてだけど、どんなものだろう。

 

 そんな座談会で「こんな質問は意味がないな」とか「今聞いたら就活にちゃんと取り組んでいない、遅れたやつだと思われそう」とか、思いつつ、そしてここで何を聞いたかはグループ会社のデータベースでしっかり整理され、私をふるいにかけるんだなと危惧しつつ、まあそれでもいいかととにかく質問したりする。

 

 有名なブロガーさん?が発達障害のひとが就活するときに気をつけるべきことを書いてくれている。とにかくなんでもその都度自分で考えてまとめて心がけるのは面倒だから、こうしたブログは助かる。ありがとうございます。

 

 最近こんな本を読んでいる。この本は裏表紙の裏側に直接目次が印刷されているのだが、そこがなんかいいなと思う。今やっと自己分析とやらのノートというか冊子を開いてみた。面接では正直に喋って入れる会社に入りたい。

 

私の生活技術 (土曜文庫)

私の生活技術 (土曜文庫)

 

 

 花粉症かと思ったら風邪だった。

 ある昔中国では大学を出た人には共産党から仕事が割り当てられた。それには色々問題があって、もちろんその制度は今日本では実施できない。「統包統配」という制度なんだが、あの発想は面白いと思っていて、あんな感じで一応学生に国から仕事を提案しておいて、その提案に満足しない人だけ就職活動をするという仕組みにしたらいい。てかそうなったらいいなあと思いつつ。

 

 そんな話を彼氏にしたら、絶対あなたは与えられた職業なんか気にしないで、自分で就活するじゃない、と言われた。それはそれでもいいんだよ。

 

 

感心する

 企業説明界等に参加すると、そこに居る社員の人と話せたり、企業のことを理解できたりと良いことが多いが、それよりなによりも前に、ただただ感心する。

 

 特に大企業では、これまで大きな人数をまとめたことのない私には想像もできないほどの大人数が、長年にわたって入れ替わり立ち替わりもあるが結束して、毎日通勤して、毎日ちゃんと事業として成り立って、その会社を続けてきている。100年続いている会社なんかは本当に感心する。利益を出して存続していること、それは本当にすごいことだ。どんな会社で働くのであっても利益を出して存続している会社で働いているかぎり学ぶことがありそうだと思うほどである。

 

 企業はそれぞれ独自の理念や理想を掲げていて、それを実行できる資本力があったりなかったりはしつつも、目下利益を出して存続している。理念や理想はたんにお飾りと考えるべきで、実際やっていることはどうなんだということが大切かなっておもうけど、それはまあ言うは易しということですね。理念や理想はお飾りというよりは、ある程度企業が大きくなってしまってからは、それを実行できる資本力があるときにのみ本当に理念に基づいて行動できるんだろうと思う。

 

 

 人間も同じだと思った。こう生きたい、他人に対してはこう接したいと思っていても、それをできる財力とか経済的余裕がないと、それをするために精神的余裕も時間的余裕もない。理想の生き方に近づくために、私もできるだけ自分に知力も財力もつけたい。いくら子どもの時から人を助けたいと思っていても、自分に余裕がなくてはできないし、優しい言葉をかけることなら出来るよと言っても、それじゃなんとかなるわけない人が多いことはお分かりだよ。

 

 ドラッガーという私はよく知らない人が言うことによれば(書いたのかもしれない)、ある事業が企業に利益をもたらすことは、事業の「目的」ではない。「目的」と考えてる人も居るけど、その人は的外れで、本当は利益が出るかどうかは、その事業プランが妥当であるか見るための「尺度」に過ぎないんだそうだ。それについて特に私は賛成も反対もない。

 

 だけど経営者は被雇用者にお金を払わなきゃだめで、だから利益を出すことをついつい最優先に考えていくだろう。今月払う金がそのまま自分の借金になることはよくないし、払わないわけにも行かない。

 

 だから被雇用者は経営の方針は経営者が考えるものと思っていてはいけなくて、むしろ経営者にだめと言われそうなわくわく企画をいつも考えて居なくては行けないんじゃないのだろうか。被雇用者がわくわく企画を考えて、それを経営者の「尺度」で選別する。

 

 さすればなんだか被雇用者の方が裁量がおおく、自由な労働者みたいな気がする。

 

 とはいえどこかに入社するとすれば、私は事務的な作業や処理の方法を一通り身に付けるだけで必死だと思う。説明会に行くと、色んな会社の枠というか、箱について説明される。この枠はシリコン製で柔軟性があるとか、色が明るくて働きやすいとか、でも正直私はどこの枠でもわくわく企画をつぶやき続けられるならそれでいいとおもっている。わくわく企画が一つでも世の物として実現する過程を見ることが出来たら、ふつうに仕事しててよかったなあと思う気がする。別に世界中の人のためになっていなくても、誰かがそれを買ったりつかったりして、楽しんだり喜んだりしてくれていたら、それはいい仕事したってことだなと思った。

 

 なんかわけわからないこと書いてると思ったら私花粉症になったみたい。頭が回らないし色々花粉症。

経済によい

 就活があるだけでかなりの経済効果が生み出されてるんだろうなと思う。スーツにバッグ、靴に外食に加えて、いつもなら家から出ない若者が街に繰り出す。

 

 その結果疲弊する若者と頑丈な若者が明らかになり、私は疲弊するほうである。学生時代に体育会系の部活をやっておくべきだという理由がこの時に初めてわかるとは......!

 

 学校の先生は体力をつけると将来役立つとかそんなことばかり言わないで、就活の現状をわかりやすく話してくれるべきだったのだ。

 

 私は極度の集中力不足で、自分でした質問を聞いている最中に他のことを考え始めて、人事の人の返答に上の空になることがある。人事の人の返答は時に大変長い。それにしても就活みたいにみんなと同じことをやると、一気に自分は変だと思うところが露見する。

 

 しかしまあ、私は私のできることしかできないのだから、できないことはしかるべきところへ行って手伝われるしかない。