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いのちばっかりさ

その金字塔/ 絶対自立

毎日化粧をすると

 毎日化粧をすると、だんだん化粧がうまくなる。それにつれて微妙な感じになる。

 

 化粧を落とした時に顔色がとても悪く見える。日焼けしないせいかもしれない。

 

 化粧が嫌いである。しかし、外でしくじった時、家に帰って化粧を落としていると、その失敗も一緒に洗い流している感じになり、スッキリすることができる。

 

 少しずつ自分が化粧なしではつまらないものであると思い込まされて行く気がする。面接以外では化粧をしないようにしたいが、それはあまりに変であろう。

 

 

 超だる

成績が

 成績が発表になった。前学期の死ぬ気の努力にもかかわらず、成績はかなり悪い。悪いどころか落としては行けない単位を落とした。次の学期は2単位落としたら留年決定という凄まじい状況になった。ほぼ死である。俺のスペックでこの窮地を乗り切るのはほぼ不可能だ。

 

 正直まだ一年いてもいいという気持ちはある。一年いたくはないし、大学にはあまり未練はないが、もう少しいろんな職場を見たいという気持ちはある。あと一年いるならベンチャーで働きながら残りの単位を取ることにすると思う。

 

 ベンチャー企業の求人が載っているサイトを見て、日本にも色々と面白そうな仕事があるのかなと思った。やはりITについて少し分かりたいという気持ちもある。それから、実は今のところあまり魅力を感じる大手企業に出会えていない。それから、中国語をもっと勉強したいし、中国の大学にも行ってみたい。私はちっともまともじゃない。頭もおかしい。

 

 今日は友達に、適度に目を開いてからそらしたりしないと面接ではヤバい奴に思われるのではとの忠告をうけた。そこで別の友人と銭湯に行った際にそれをやってみたのだが、すごく不安を感じた。友人を目で見て話さないと、誰と話しているのか瞬時に忘れてしまう。友人の問いかけに答えているうちに、誰の問いかけに答えていたかわからなくなり、「なんだこの状況は!」と気持ち悪くなる。

 

 それを繰り返していたら茹ってしまい、気持ち悪くなって脱衣所で涼んだ。

 

 今まで気づいていなかったが、さすがにこれはちょっと頭がおかしいんじゃないかと思った。

 

 そして私がこれがさすがにおかしいってことがわかるのは、子供の頃から小説などを読んでいたからだなと思った。いろんな人間について読んだが、こんな人間は一度も登場しなかった。

 

 

最近出先でスマフォから更新しているのでニュース編は省略する。

 

 

就活と適性検査

 就活期間中は様々な適性検査を受けさせられる。知能や処理能力に関するものもあれば、性格に関するものもある。

 

 SPIと内田クレペリンLIFOとかいうのはもう既に一度ずつ受けたが、SPIとクレペリンはそもそも最後まで答えるのが面倒で、馬鹿にしてるのかという気持ちになる。とくにSPI。しかしこういった馬鹿にしてんのか的な状況に冷静に対処し続けられるようになることが私にとって大切なのだろう。

 

hitoyaku.net

 

 まだ就活生でないみなさんには是非はやめに長期インターンに参加することをお勧めします。こんな就活とか言う茶番を体験するより、長期インターンを真面目にして、その後にその会社に採用される方がきっといいです。日本の大学に行こうと思っているお金のある皆さんは、海外のそこそこ名の知れた大学に行った方が良いですよ。

選択肢

 それは自分は選択することはできなかったんだというけど、だから仕方なかったんだというけど、なぜ選択できなかったのか、その要因を消さなければ、次もまた選択できないじゃない。

 

 責任の帰属の問題ではなくて、自分の未来の可能性の問題じゃないの。

就活とお金

 私は本年24歳である。

 

 18歳まで生きたときには、よくも18歳まで生きたと感心したし、愚かなことだなあと思っていたが、20歳まで生きたときにはただ苦しいなあと思っていて、どうせやりたいこともないし、世のため人のためにでも生きるかと、気力がなかった(世の中にはこういう気力のない若者も居る)。今年は24歳になるわけだが、よくもまあこんなひどいスペックで生きてきたものだとおもう。

 

 今言うべきことは、お金はとても大切だということである。

 お金がないと考え方に幅がなくなる。今日食べるもの、今日かいた恥、今日稼ぐこと、今日、いま、今日、そして未来が見えない。ある程度のお金があれば、スペックの低さは補える。いつも注意しているのにコートを汚してしまう。それならもう一着あれば洗濯に間に合う。鞄を入れ替える際、いつも鞄に入れるべきものを忘れてしまう、それならもう一セット分買って、今日はそれをもっていけばいい。一つの教科書じゃTOEICのことがよくわからない。それならもう一冊かって同時に見ればいい。駅まで歩くだけで疲れてしまう。それなら雨の日はバスで行けば良い。就活である会社の日本語しか話せない人の募集枠は狭き門だ。それならベルリッツにお金を払って英語で面接してもらえるように英語を鍛えればいい。

 

 私の人生は家族と金に依って操られた。というよりは家族が金を操っていたので私が操られたのかもしれず、結局キーワードは金なのかもしれない。もちろん金があれば家族と一緒になんか居なかったことは確信済みである。

 

 就職した暁には、お金を他人のために使わず、貯金に勤める心算である。日頃の出費を切り詰める憂鬱は、お金がなかったり借金をしているときの憂鬱とは比べ物にならないと思う。

 

 就職活動には少なくとも30万円のお金がかかると思う。スーツと就活鞄をそろえるだけで8万円ほどかかる。常識的な就活をするならスーツも二着必要だし、鞄もそんなやすーいものでは半年も清潔さがもたない。

 

 就職活動は社会が学生を改造(改悪?)する期間なので、学生としては毎日「たりない、こうしたほうがいい」と言われたり、何も言われないでお祈りメールを受け取ることの繰り返しで、圧力をびんびん受ける。そうしたときに、本当にお金のない学生は、そもそも他の学生とは同じレベルで戦えていないと感じるだろうし、採用担当者や人事担当が「ぜひ次の説明会にも参加して下さい」とか「身だしなみはスタートラインです」という言葉を口にする時、「参加」するには交通費が、とか、「身だしなみ」には三枚以上のワイシャツが、靴下が、靴が......必要なんだよなあ、と思ってしまう。

 

 今年度の就活は、「説明会」を行うのは3月から、という経団連の方針に依り、「1dayインターンシップ」という言葉が多用されているが、「インターンシップ」なら、給金や交通費を支給してくれ。国かどこかが、そういうところにも配慮していただけないであろうか。

 「お弁当をご用意しています」というインターンが多く、インターン(というか説明会)はためになり、そしてそのお弁当は比較的美味しい物が多いのだが、どちらかといえばお弁当より賃金を支払ってほしい。まあ企業としては説明会をやっているだけでインターンというのは言葉のあやなのだから、給金を支払う必要等どこにもないわって感じなんだけどね。でも朝10時から夕方5時までインターンとなると、バイトしにくいし、そもそも本当のインターンではないから前もって日程が通知されるわけでもなく、開催しますよというときに参加しなければ行けないから毎週シフトで働くバイトは出来ない。でもインターン(説明会)に行かなければ、企業が求めている人はわからない。

 

 あと参加するために3000円徴収する就活イベントとかもあるからね。そのかわり一万円分のビジネス情報誌を差し上げます、とか、いらないです。ネットで読めます。

 こまったもんだ。あとなんで就活のエントリーシートで配偶者の有無を答えなければ行けないのでせうね。楽天のエントリーは一次選考のエントリーからしてすごい数の病気にかかってるか否か、配偶者がいるか否か、聞いてくるものでした。これじゃ、必死な人は嘘でもつかないといけないのかなっておもう。

 

ミスチェッカー

 ミスをたくさん犯すのだが、他人のミスを素早く見つけ出して修正することが上手だ。グループディスカッション等で変な方向に話がそれ始めた時、素早く本題に戻すのが得意だ。人の気を楽にさせることが得意だ。なぜなら私はミス生産機だから、割と多くの人が私の失敗を聞くことで、自分はまだ大丈夫と思える。

 

 ちなみになぜ薬のみたくないのかというと、脳みそに効く薬によって自分の行動が変わるのがいやだから。そういうことを気持ちが悪いと感じるから。あと、ほんとはどこかで、自分の特性が社会に貢献できるんじゃないかと期待しているから。

 

 薬を飲んでいる姿が死んだ親戚を想起させるから。

自分を励ますために

 私は今日友人宅のキッチンのステンレス製のシンクを金だわしで洗ってしまいました。私は知らなかったのですが、ステンレス製のシンクは大変傷つきやすく、金たわしで洗ってはいけないんだそうです。友人は怒っていました。大変申し訳ありませんと言いましたが、謝ったら何だとかそういう問題ではありません。ステンレス製のシンクは私の行いによってさびやすい状態になりました。

 

 正直わたしのやることなすこと、失敗が多すぎるし、失敗が多すぎるくせに社会が怖く、人に対して身構えているため、一人の人間としてかわいらしさがありません。失敗が多くてもかわいいキャラがたっていれば、それで許されることもあるというのに。

 

 私の失敗は大きく二つにわけられる。一つは育ち方とこれまでの自分の性格のために物をしらないことに依る失敗。二には多動とか発達障害とでもいおうか、そういう類いの性質によるもの(まあ発達障害なんですけど)。

 二の失敗は生涯に依る失敗だから、コンスタントに繰り返し続けるだろう。完全になくすことは出来ないし、あんまり減りもしないと思う。一つ目の育ち方とこれまでの性格による失敗や間違いは、学んでいくことで失敗を減らせる。

 

 今回のシンクを金だわしでこすった問題は、私自身が育った環境の中でシンクの掃除をしていたのは基本的に最初から私だったため、他の人がどうやってシンクの掃除をしているか知らず、道具とか何か工夫をするものとも思い当たらなかったからやらかした間違いだ。シンクは早く綺麗になった方がよく、もしこびりついている汚れがあるならそれも一気に取れた方が良い、と思っていたため、金だわしを使った。

 

 私は毎日間違いを繰り返す。発達障害等に原因がある失敗なら言われても何度でも繰り返しやらかすし、経験不足や無知に依ってやらかす失敗も二度は繰り返す。いまのところ三度はくりかえさない。それは、本心から言うけれど、私に緊張感がないからではない。薬を飲んでいないからだ。薬を飲めば多動を抑えられるし、短気記憶をもっとマシにすることもできる。でも私は薬なんか飲みたくない。脳みそに効く薬だ。

 

 間違いを犯した後は、いつも死にたいなあと思う。でも一度も薬を飲みたいとは思えない。私はきっとこの世界で薬を飲まなくても遣って行けると思っている。そして薬を飲まないでくだらない間違いを繰り返している状態でこそ私だと思っている。

 

 経験不足や無知に依る失敗は失敗したときに解決策を与えられることで繰り返さなくなる。発達障害などによる間違いと、経験不足や無知に依る間違いを全部一緒に考えて、失敗ばかりだと思うべきではない。こういう時に自分はだめだとか、くだらない人間だと思うことは良くない。

 

 それに世の中には失敗を良くする人間に必要以上に「失敗している、失敗している」と言い続けて精神崩壊させようとする人が居る。そういう人のやり口に嵌ってはいけない。

 

 私は「薬を飲まないで暮らしていった方がいいんだ!」と声を大にして言えるような天才とか、成功した人ではない。失敗を繰り返して人に迷惑かけるくらいなら、薬をのめよと言われても不思議ではない。手紙を出し忘れるとか、衝動的に正論をぶっぱなしてしまうとか、そういうことで迷惑をかけている。私は成功者でもないし、才能もおそらくないけれど、でも薬を飲みたくないのだ。飲みたくない人に薬を飲むべきだと言うべきではないと思いませんか?そして手紙を出し忘れるとか、衝動的に正論をぶっ放すというような「性格」と捉えてもいいことを「失敗」と評価することは、たぶんいいことではないと思う。

 

 企業の中には、人事評価において「どれだけミスをせずにその仕事を成し遂げたか」でその人を評価し、昇進させたり昇進させなかったりするところもある。昇進するのがいいことか否かは別として、そういう評価基準を作ったら最後、評価は機械的に行われる可能性が大である。そうしたら私はいつまでも評価されることがないじゃないか。評価されるために薬を飲むようなことがあれば、それこそほんとに間違っていると思う。

 

 だから私は就職活動においては、企業が「どんな人事評価基準を採用しているか」「苦手を補い合う環境か」を重視する。わたし、挫けるな。うまいとこ入ってやっていけるか今にかかってるぞ。

 

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