いのちばっかりさ

生きている記録。生業。放送大学。本を読む。入道雲100年分。

アパレルセールでのバイト

 アパレル服のセール会場でのバイトは喘息持ちにとってつらい。おそらく埃が舞い飛んでいる。いま休憩時間だが、まだあと2時間ある。

 

 空気が悪く頭が痛くなり、子供達はポップコーンを頬張りながら走り回り、その匂いで吐きそうだ。

 

 服に興味はないし、登山用のものが丈夫で乾きやすいから1番いい。明日が法事なんて、ひどい話だ。二万包まなければいけないし、人なんか死ななければいいのだ。永遠に生きながらへよ。来年は、日本にいないから法事いけないやーと言えるような仕事についてやるんだ。

 

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 写真は神奈川県大山のラーメン

下社まで登らないと食べられないが、食べるとおなかがくちくなって神社まで行く気がなくなる魔のラーメンである。

 

新聞は帰ったら読む。

 

新聞は帰ったら読んだ。

【今日の日経新聞朝刊】

金正男氏が暗殺さる。

 マレーシアの空港にて、中国の保護下にあった氏が暗殺された。彼は中国の保護下にあったのか。知らなかった。他にも中国の保護下にある人物は多くいるのだろう。中国はどういう基準で保護する人物を選んでいるんだろう。空港の警備が甘かったみたい。

・業務用の米が不足

 日本の米の需要は、家庭用のブランド米などが七割、業務用の安いのが三割。ことしは豊作にも関わらず業務用が不足。

 最近「北海道産ななつぼし」の値段がじりじりと値上がりして、ブランド米と肩を並べたそうだ。この米は大学生協学食でも使っている米だ。学食で食べる米がそろそろもっと安い者に変わるかもしれないなと思った。

 この記事は米について詳しく書いてて面白かった。ところで私のやすいやすい炊飯器、最近変な音がするけど仕様であろうか。

ASEANの各国に進出したサービスについてジェトロが調べた。一位は去年に続いて中国。しかし他の国へも、富裕族の拡大とともに進出サービスが出ている。ASEANへのサービス進出は、やはり富裕族ありきなのだなと思った。富裕族でない人でも楽しむ製品やサービスを海外展開している企業に最終的には勤めたいとおもう。

・マレーシアのGDP伸び率鈍化

・他にも色々。

 

私が使っている就活おすすめグッズ

 

 コレめちゃ使いやすい。縫製もちゃんとしているし本革なのに安い。

 

 これもめちゃ使いやすい。少し高いけど片面が透明なので、何がはいっているかとても見やすい。

 

 目立つからオレンジがおすすめ。クリアファイルをそのまま挟める。

 

この世に生まれてきたのは

 移動するためやで。シュタッ

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 インターンの日程が重なってしまう。どの企業もいろんなことを調べてエントリーシートを書いた企業だから、断るのは辛いし、何よりもっと知りたかったと思いつつも離れていく感じが悲しい。しかしこうしたことを繰り返して、自分の選択を知っていくんだな。ただこの手法で正しく選択できているわけではないと思う。なによりもっとゆったり選択できる日程をたくさん設けてほしい。

 

 見に行きたい企業をちゃんと見に行けない。まだ本格的に辛いという気持ちがないからこんな悠長なことを言っているんだろうな。

 

 写真は昨日の

梅はきれいに咲いてるし

 就活のための業界研究講座に参加(大学が行なっている)。運輸業界と自動車業界についての話を聞く。パネルに映写されたパワポがほんとに見えないので、メガネを作らなきゃダメかもしれない。その場合はまんなかでカチッと合わせる、火野正平が使ってるみたいなメガネがよい。クリックリーダーというメガネらしい。 

 

 

 そのあと本当はもう一つ他の業界の説明があったのだが、三時間も座り通して話を聞いていると、甚だ苦痛であったので、ホールを出てケーキを食べた。

 

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 チーズケーキである。容量を節約できるかなと思ってインスタみたいな正方形の写真にした。私は正方形の紙とかすき。あれで勉強すると勉強がはかどるのである。しかし残念ながら正方形の紙というのはそこらに捨ててないから、欲しければ自分で作るか、折り紙を買うしかない。そうなると面倒というわけで、普通の紙で勉強してしまう。裁断機があったら一気にたくさん正方形の紙を作りたいものだ。

 

 本当はお腹いっぱい何かを食べたかったが、夕食を友人宅でご馳走になるのでとりあえずお腹が減りすぎている状況だけはなんとかしようとして、ケーキを食べることにした。ケーキだけ食べたかったのでドリンクを頼まなかったが、とくに嫌な顔もされなかった。対応してくれたのが新人のバイトさんというのもあるのだろう。

 

 ネットに繋いでインターンに応募しつつ、ケーキを食べた。おいしいねぇ。

 

 時間が来たので友人宅へ。久しぶりだったので彼氏の身柄について色々聞かれる。少々答えにくかった。でもたのしい。夕食をご馳走になる。料理上手である。

 

 インターンというのは、もっと早い時期から盛んにいくつか並行して申し込んでおくべきものなのだなとわかった。おもえば私はいつでもこうだ。なんでも気づいたら遅い。次の段階を生きている人のブログなど読んで勉強しよう。

 

 メイクがわからないから資生堂のメイクアップレッスンと証明写真撮影がセットになってるやつに申し込もうとするが、もうすでにここしばらくは予定が埋まっている。ここでもやはり遅かったんだな。キャンセル待ちに登録するが、多分時期が時期だからキャンセルは出ないだろう。キャンセルが出たら10000円の料金を払わなければいけないが、それもまた痛い。しかし証明写真はいつか取らなきゃいけないし化粧もできなければいけない。まるでパーツごとに買い集めるプラモデルみたいに、社会人の模型を作ろうとしてるんだな。

 

 基本的に就活はよくわからん。早め早めにやることだな。またマルチタスクがくるとこの心がけが頭から飛ぶ。マルチタスクが出来なきゃだめというか、人生はことごとくマルチタスクだけど、なんで社会の仕組みは出来るだけマルチタスクをなくすように設計されていないんだろうか。大学で勉強しながらバイト、就活しながら資格を取って、講義に出る......どうも慣れない。梅はきれいに咲いてるが。

 

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 いつも日経新聞を見ているウェブサービスに接続が悪いので今日は新聞のまとめはなし。

 

青春18きっぷ それだけがこの世の慰めだ......

 就活中ではあるが、青春18きっぷを使っての旅は春に欠かせない一大行事である。18きっぷ旅のない人生など、話し相手の居ない人生や、金のない人生や、仕事のない人生よりなおひどい。自分が移動していることを体感できる速度で移動すること。本当にすばらしいことである。

 

 元来私は移動していなければ落ち着かないので、飛行機等乗っても、降りた瞬間どこかへ移動しなければ平穏な気持ちになれないのだ。だからいっそのこと18きっぷで鈍行で常に移動だけを続けていた方が気持ちが楽だ。城や店など見れば楽しいが、けっきょく人が示威とか防衛とか商売のために作った建築だろう、そこそこの感動しかない。それよりも移動している時、私は移動こそが自分の家だと感じる。移動こそが見るべきもので、移動こそが休息だと感じる。こんな趣味に誰かをつき合わせるわけには行くまい。つき合うほど暇な人間がどこに居るだろうか。

 

 ほんとうはつき合ってくれるひとは居るのだが、その人は男性で(おっさんで)、私のことを好きだと言っていて、私とつき合えたら人生が変わりそうなどとしきりに言っているので、あまり一緒に遠出したくないのだ。なぜ親しくなると男性はこうなのであろうか。(偏見。そんなことない。人と交流しなさすぎてサンプルが少ない。)

 

 もう今はなにかというと、私は苛々している。なぜかといえば出掛けられないし、予定がみっしりだし、さらに法事とかやらなきゃいけなくて、ということは親戚に会わなければ行けなくて、まじおわってんである。ナンじゃこの憂鬱な春は。なんで梅が咲いてんのに北野天満宮にもいけねーで、東京にぐだって、エントリーシート書いてにこにこってんじゃい。というのはまあどうでも良くて、本心ではただ法事と親戚がだるい。スケジュール帳の片隅に法事の文字を見るたびに、人生がとてつもなくつまらなく憂鬱なものに思える。スケジュール帳は駅のホームでは見てはだめである。

 

 あー、山が雪に染まってるのに私は東京で居きりである。もーつまんないんである。閉塞感なんである。

 

 実際には18きっぷで移動していれば疲れるし、長い移動の間には躁鬱があってふつうに萎えたりする。けど今の状況を考えれば旅してる時は死ぬほど楽しいし、初めて1人で家出して旅した時のことも思い出す。最高だ。空が広いとあの時思ったんだ。海が死ぬほど綺麗だと。

 

 就活はよくわからん。インターンにいくつか申し込んだ。エントリーシートは常識的な範囲で工夫したつもりだ。返信メールは必要最低限の内容で簡潔に作成しているし、就活と言えども単なるコミュニケーションだよねと思った。大丈夫だよ。

 

 

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実験バイトの最中に理想的な1日について考える

 非常に単調な実験バイトの最中に、私はふといまこの時は理想的な生活を考えるのにぴったりじゃないかと思った。

 

 そこで想像してみた。

 まず起きるところから、

 私は朝5時に起きて、昨晩炊飯器にセットした玄米が炊けていることを確認する。腕に蒸気がかかる。私はうまい湯を沸かす。爽やかなお茶を飲む。ポケットにはマネークリップに挟まれた十分なお札がある。

 

 私は1人だ。

 

 朝ごはんのために粥を作り始める。昼のために玄米を握り、二つのおにぎりを作る。梅干しを入れ、固くにぎる。水筒に爽やかなお茶をいれる。

 

 カーテンを開けるとそこが中国であることに気づく。街頭の電光掲示板がお休みモードである。向かいの部屋に洗濯物が干してある。中国なのに空気が良い。そうか、環境汚染は解消されたのだなと思う。電動自転車が滑るように角を曲がっている。私は爽やかなお茶を飲み続ける。

 

 私は思うのだが、ここには彼氏がいなくてはならない。彼氏の部屋へ行く。床は冷たい。彼氏をずっと見ている。猫がそこらへんにいる。私の周りには日本語で書かれた本はない。

 

 

 ここでこれ以上考えるのはやめた。朝のことしか考えなかったが。やはり本は売ってしまうべきだなと思う。

 

 

彼氏の猫かわいすぎ

 彼氏の家の猫がかわいすぎて、とにかくかわいくて写真を送ってもらってからはかわいすぎるという気持ちしかなくて就活とかいろいろ意識から飛んだ。

 

 ごく自然にブログ更新も飛びました。

 

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ネットオフで古本とCDを売る(2回目)

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 高校生の時などは、娯楽はブックオフとツタヤの105円コーナーで済ましていたので、変な本とかCDがたくさんある。それを売ってしまった。

 

  後日発見したのだが、Tモールから申し込んだら、1回の買い取りに付きTポイント500ポイントが付与されていた。

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  嬉しいことだ。買い取り不可が137点もあるのはやはり悲しいけどね。

 

 東大の近くのヌオーとか言う喫茶店でティーオレを飲んでいたら雪がめちゃ降っていた。東大浅野キャンパスでバイトしたら夜にキャンパスの出口がわからなくなり、めちゃくちゃ寒くて「うう」と言う感じだった。

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 ちなみに東大前でおすすめのお店はBISHALというカレー屋さん。カレーの種類が色々あります。あとココナッツチーズナンが美味しい。

入社できるのは一社だけ

 いろんな会社がありますけれど、

 いろんな会社から内定もらっても、

 

 入社できるのは一社だけですよ。

 

 といろんなDMに書いてある。

 

 なんで入社できるのは一社だけときまっているのでしょうか。午前と午後違う会社に勤めたら楽しいと思うんですよね。

 

 毎日言われているとなぜかなと考え出して、結局最後はそうでなくてもいいんじゃないか、と感じている。

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 この写真を撮ったあとしばらく眺めていたら、将来家族と会うこともなくなったら、家族がいた頃を懐かしくなって悲しくなるんじゃないかという気持ちになったが、そのとき自分は幸せだろうということを漠然と思った。幸せだと感じながら、ちょっと切ないじゃんねとか思うのはすごく贅沢だろうって思う。

 

 それは強がりだけど、幸せにしたい人がいる。

しゅんとなる

 高校の同窓生と渋谷で焼き鳥。みんながみんな頑張っていると思った。みんながみんな、どうしたらいいかわからない中で、重荷を降ろしたり、背負ったりして、今日ここで笑っているんだと思った。

 

 頑張れる愉快さになって帰ったら、母親に怒られた。夜の12時を2分過ぎていたので、「もう真夜中よ。何してんの。」ということだった。電話をかけて来て、さらに帰宅してからも不愉快そうな声で繰り返してくるあたり、技術がある。

 

 こういう場合、わたしが悪いと思うことには慣れているが、今は自由になりたいと思う。一生懸命やって、何もかも一生懸命やって、できるだけ社会的にうまく行きたい。

 

 友達と江ノ島水族館へ行こうとして、真夏の冷たい朝に始発に乗ろうと家を出たことがある。今でもよく思い出す思い出だ。そのときGARNET CROWというバンド?にはまっていて、友達と共通の趣味としてそのCDを聞いていた。そのCDの中によく覚えていないが、「始発に飛び乗る」という歌詞のある歌があった。私たちはあのとき中学生で、道すがらその歌を歌いながら始発に乗るべく二人で駅に向かっていた。恐ろしいことに気づいた。母が後ろからつけて来た。私は恐怖を感じた。死にたくて泣いてしまった。悲しくてたまらなかった。辛くてたまらなかった。怖かった。母の目つきは常軌を逸していた。父と別居した直後で、私と弟を誰にも文句を言われないように育てるという自負があったのかもしれない。娘が始発に乗って出かけるなどということは許容できなかったかもしれない。私は苦しかった。いつも閉じ込められていると感じていた。追いかけられる思い出は、閉鎖感に満ちた生活を象徴している。

 

 この思い出は私にとってトラウマ化してしまっている。母は当然トラウマ化していることを知らず、いまでもどこかへ行くというと「心配だなー。電信柱の陰から見ていてあげようか?」などという。私は鳥肌がマジでザワッと立つ。瞬時にあの時の光景を思い出す。

 

 このことを思い出すとき、どんな干渉や心配の言葉にも怖くて涙が出るようになる。

 

 このことを思い出すとき、一年前の私は母に怒りを覚えなかった。仕方ないし、みんな大変だったんだと思うようにしていた。

 

 いま私は、自分の人生から母を閉めだそうとしている。人生と心は私のもので、その扉はいつでもこじ開けられるように母の手が差し込まれている状態であってはならないのだ。私は扉の間から母の手を引き抜き、鍵を付け替え、新しいパスワードと指紋認証を設定する。扉をしっかりと閉じ、階段を登って自分の人生をあるく。後ろから捕まって「気をつけるのよ、駅まで送ってあげる。」と耳元で囁かれない生活こために。

 

 自分自身が歩きたい道を考える朝のために。本当のことを言えば未来への不安と、期待のために、もう過去のことなんか考えたくないのかもしれない。

 

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